The Core Column(4)__才能という諸刃の剣・・宇佐美貴史のケース・・(2013年9月24日、火曜日)
■宇佐美貴史という希代の才能・・でも・・
「ウサミは、日本では、どんなふうに評価されていたんだい?」
友人の、ドイツプロサッカー関係者が、そんなことを聞いてきた。
宇佐美貴史。
まぎれもなく、日本サッカーを代表する天賦の才の一人である。
「良いカタチ」でボールを持てば、しなやかなドリブル突破や決定的スーパーパス等、誰をも魅了する才能プレーを披露する。
とはいっても彼は、アルゼンチンの伝説的英雄、ディエゴ・マラドーナではない。
世紀の「超」天才、マラドーナ。
ボールを失ってしまう気配など微塵(みじん)も感じさせないスーパーキープ、何人もの相手を置き去りにしてしまう超絶の突破ドリブル、はたまた、誰も予測できない体勢から、相手ディフェンスの急所を一発で突いてしまう必殺のスルーパスやロングパス等など・・
マラドーナは、一度ボールを持てば、その多くを決定的チャンスに結びつけてしまうのだ。
チームメイトにしても、「ヤツを活かす方が、より大きな果実を得られる・・」と、彼のために必死のハードワークに徹するだろう。
事実、アルゼンチン代表や、イタリアのSSCナポリなど、彼が活躍したチームでは、マラドーナを「絶対的な中心」としてチーム戦術を組み立て、大成功を収めた。
ただ(繰り返しになるけれど・・)宇佐美貴史は、同じ「才能系」とはいっても、マラドーナとは(まだ!?)次元が違うのだ。
まず「そのこと」を、ディスカッションの出発点にしたいと思った。
■ブンデスリーガへの挑戦・・それも・・
2011年の初夏、彼は、ガンバ大阪から、ドイツ・ブンデスリーガの雄、バイエルン・ミュンヘンへと旅立った。
それにしても、どうして最初から、そんな「超」のつくビッグクラブだったんだろう。
実際にオファーがあったのかもしれないし、もしかしたらエージェント(代理人)の売り込みが成功したのかもしれないけれど・・
とにかく、宇佐美貴史がバイエルンへ移籍するというハナシを聞いたとき、不安の方が先に立った。というか、「そりゃ~無茶だろ!」って、イスから転げ落ちそうになったモノだ。
宇佐美貴史には自信があったんだろうけれど、私には、まさに「無理筋」の挑戦にしか見えなかった。何せ、「そこ」で待ち構えているのは、世界でもっとも厳しい「競争環境」なのだから。
ところで、2011年といえば・・
私はその年、ドイツで開催されたFIFA女子サッカーワールドカップを取材していた。なでしこジャパンが世界一に輝いた大会だ。
彼女たちだけではなく、(当時は!)香川真司や長谷部誠、内田篤人、岡崎慎司といった日本代表の強者たちが活躍していたこともあって、そのときのドイツ滞在はとても楽しいモノだった。
女子ワールドカップの直後にボーフムで開かれた、ドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟主催の国際会議でも、多くの方々から祝福されたものだ。
ドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟会長、ホルスト・ツィングラーフの開会宣言。
その冒頭、女子ワールドカップで優勝した「なでしこ」について、エキサイティングに編集された「チャンピオンへの軌跡」が大スクリーンに映し出されるなか、深みのある賛辞が響きわたる。
・・日本の女子代表チームは、サッカーの本質ともいえる素晴らしい組織サッカーで優勝を勝ち取った・・彼女たちは、フィジカル的なディスアドバンテージ (不利)を、素晴らしいテクニックや規律あるプレー姿勢、そして何といっても、強烈な意志に支えられたクレバーなチーム戦術によって完璧に補った・・
・・彼女たちは、サッカーの本質的な価値と魅力、そして将来あるべき方向性を、世界中にデモンストレートしたのだ・・
・・ここに、我々の仲間であるケンジも参加してくれている・・彼は、今回の女子ワールドカップを15ゲーム観戦し、日本へレポートした・・彼は、我々からの「心からのオメデトウの気持ち」を、日本に伝えてくれるに違いない・・
私も、ホルスト・ツィングラーフの言葉に応え、1000人を超える猛者プロコーチ連中を前に、立ち上がらざるを得なかった。また、地域サッカー協会会長や市長、知事などの挨拶でも、繰り返し、「なでしこ」の活躍が賞賛された。
とても誇らしい気持ち。そして、「なでしこ」に対して、あらためて心から感謝していた。
もちろん彼女たちだけではなく、ブンデスリーガで活躍する日本人選手たちも話題にのぼる。私にとって、その年の国際会議が、とても実のあるモノになったことは言うまでもない。
ちょっとハナシが横道に逸れてしまった。
そんな誇らしい気持ちを享受しながらも、その年バイエルン・ミュンヘンへ移籍した宇佐美貴史については、心配の方が先に立っていたのである。
彼については、そのドイツ滞在中に観戦したプレシーズンマッチ(バイエルンvsバルセロナ)について「筆者HPのコラム」でレポートしたから、そちらも参照していただきたい。
■そして案の定・・
ところで、冒頭の質問。その友人には、こう答えたと覚えている。
「得意のカタチでボールを持ったら、そりゃ王様だよ・・でもサ、良いカタチでパスを受けるためのパスレシーブの動きだけじゃなく、守備でも大きな課題を抱 えている・・まあ、優れた才能にありがちな落とし穴にはまり込んで、まだ抜け出せていないっちゅうことかな・・日本代表のザッケローニが、簡単には声を掛 けないのも妥当な判断だと思うよ・・」
そして案の定、そのシーズンの宇佐美貴史は、スター軍団バイエルン・ミュンヘンでは出場機会を得られず、翌2012-2013年シーズンに、同じブンデスリーガ一部のホッフェンハイムへ移籍することで新たな可能性を探ることになる。でも・・
ホッフェンハイムで出場機会を得た宇佐美貴史。第5節のシュツットガルト戦では、まさに「才能のほとばしり」という表現がピタリとあてはまる四人抜きドリブルを披露し、シュートまで決めた。
まさに、圧巻の才能プレー。
ドイツのメディアも仰天し、「さて・・日本の天才が目を醒ました・・」などと絶賛したものだ。ただその後は、徐々に出場機会が減りつづけ、結局は、鳴かず飛ばず・・ということになってしまうのだ。
そして2013年6月に、「J2」へ降格したガンバ大阪へ復帰することになった。
世界トップのクラブから、ホッフェンハイムを経ての都落ち!? 夢のフットボールネーションから、日本サッカーへと舞い戻らざるを得なくなったのだ。
それは、プロ選手として、大いにプライドを傷つけられる体験だったに違いない。
でも、待てよ・・
それって、実は、彼にとって、またとない「ブレイクスルー」の機会なんじゃないのか? そう、脅威と機会は表裏一体・・
私は、鼻っ柱を見事にへし折られた宇佐美貴史が、次のステップアップチャンスへ向け、心を入れ替えて精進するに違いないと思っていたのだ。でも・・
そう、ガンバ大阪でも、攻守にわたるハードワークへの意志がアップしていかない。フ~~・・
■いま、宇佐美貴史が心がけねばならないこと・・
そんな彼のプレーイメージは、ユースの頃に植え付けられたのだろう。
そう、その頃の彼は「王様」だった。攻撃は彼を中心に回り、黙っていてもパスが来た。彼は、攻守のハードワークに汗をかく必要などなかったのだ。
もちろん、それでは、トッププロサッカーで通用するはずがない。何度も言うけれど、彼は、世紀の「超」天才、ディエゴ・マラドーナではないのだ。
とにかく彼は、率先して、攻守にわたるハードワークに「も」取り組まなければならない。
相手にボールを奪われたら・・、いや、相手にボールを奪われそうな状況になった(それを感じた)次の瞬間には、素早い切り替えから、率先して相手ボールホルダー(次のパスレシーバー)を追いかける。
それも、決してアリバイ的な(ぬるま湯の)ディフェンス参加ではなく、誰もが、「アッ・・アイツ、本気だ・・」と感じられるくらいの爆発スプリントでチェイスするのだ。
もちろん自分がボールを奪い返せなくても、味方が、より有利なカタチでボール奪取アタックを仕掛けられるようなサポートアクションも展開する。
そう、守備でのハードワーク。
また攻撃でも、良いカタチで(ある程度フリーで)パスを受けるために、ボールがないところで「も」しっかりと動かなければいけない。
特別な才能に恵まれた宇佐美貴史は、相手ディフェンスと、ある程度の「間合い」を空けてボールを持てさえしたら、誰もが驚く「個の勝負プレー」をブチかませる。そう、世界を驚かせた、ホッフェンハイムでの四人抜きゴールのように。
とにかく彼は、なるべく多く「良いカタチ」でボールを持つためにも、また味方のチャンスを生み出すためにも、ボールがないところで汗をかかなければならないのだ。
そう、攻撃でのハードワーク。
■彼の「覚醒」は、いつはじまるのだろうか・・
ところで、攻守にわたるハードワークだが、そのキーワードは、何といっても、「全力スプリントの量と質・・」だろう。
言わずもがなだけれど、全力スプリントは、具体的な(攻守の)勝負イメージが描けたときにのみギアが入る。
だからこそ、勝負イメージの描写能力を磨かなければならないというわけだ。
我々コーチは、ボール絡みのプレーだけではなく、攻守にわたって繰り出される(ボールがないところでの!)全力スプリントの「量と質」も含めて、選手を評価するのである。
しかし、いまの宇佐美貴史は、自分がシュートを打てる状況や、自分がボール奪取シーンに直接的に絡めるときにしか全力スプリントを仕掛けていかない。フ~~・・
いまの宇佐美貴史は、守備と攻撃の「すべてのプレーに絡んでいくぞっ!」という強い意志をもってゲームに臨んでいかなければならないのに・・
もちろん、全てのプレーに絡むコトなんて不可能だよ。そんなことは分かっている。
ここで言いたかったことは、それくらいの「強烈で極端な意志エネルギー」を放散しつづけなければならないということ。そうすれば、チームメイトにも強くアピールできる。
アッ・・アイツ・・何かが変わった・・
そして、チームメイトからの信頼も厚くなり、もっと頻繁に、それも良いカタチで、ボールに触れる(パスをもらえる)ようになるはず。
彼は、もっともっと多くボールに絡まなければならないのだ。そうでなければ、その優れた才能が、もったいないではないか。
とにかく、そんな意志をもつことこそが、いま彼が陥っている「矮小なサッカーイメージの殻」をブチ破っていく唯一の「道」だと思うのだ。
それは、自分自身がリーダーシップを握り、守備と攻撃をリードしていくこととも言える。そんな気概こそが、今の宇佐美貴史に必要なプレー姿勢なのである。
彼は、いつになったら覚醒し、世界へ向けた「本物のブレイクスルー」のベクトルに乗れるのだろうか。いつになったら、諸刃の剣である「天賦の才」というワナから這い出してくるのだろうか。
ガンバ大阪の監督は、ストロング・ハンド、長谷川健太。
彼の優れた心理マネージメントも含め、私は、宇佐美貴史が、近いうちに、本当の意味で「覚醒」しはじめるに違いないと期待している。
だからこそ、宇佐美貴史をテーマにコラムを書くのだ。
何といっても彼は、まだ21歳の若者なのだから・・
そうそう、宇佐美貴史に、手本にして欲しい選手がいるんだっけ。
言わずと知れた、横浜マリノスの中村俊輔・・
ということで、次回は、絶好調のマリノスを引っ張りつづける「天才」中村俊輔について、思うところを書くことにしよう。