The Core Column(38)_ホンモノの心理ゲーム・・また、理不尽な神様ドラマと勝者のメンタリティーというテーマも

■ヨーロッパリーグ決勝・・

2013年5月15日、水曜日。

その日、「UEFAヨーロッパリーグ」の決勝が、オランダの雄、アヤックスのホームスタジアム、アムステルダムアリーナで行われた。

それは、様々な視点で、とても興味深い勝負マッチだった。

決勝で相まみえたのは、チェルシー(イングランド)と、ベンフィカ(ポルトガル)。

えっ!? 彼らはチャンピオンズリーグじゃなかったのかって!?

いえいえ、2012-2013年チャンピオンズリーグ本戦では、両クラブともにグループリーグで3位になったことで、大会としてワンランク下の(!?)ヨーロッパリーグへ回ってきた(回されてきた!?)のだよ。

ヨーロッパリーグについては、ビッグクラブ選手たちのなかで、「ありゃ二線級の大会だよ・・大きな価値なんてないさ・・」などと揶揄する向きも多い。

そんな、ヨーロッパリーグを軽視する心理もまた、このコラムのテーマの一つだ。

■両クラブの現状・・

チェルシーは、押しも押されもしない超ビッグクラブ。

それも、2011-2012年シーズンのチャンピオンズリーグ覇者だ。また、(今年の!)2013-2014年シーズンでも準決勝まで勝ち抜いている。

対するベンフィカも、素晴らしい伝統に彩(いろど)られた名門クラブで「は」ある。

私は、そんなベンフィカの全盛期を、よ~く覚えている。

エウゼビオ、コルナ、トーレスといった天才連中を擁し、1960年代の初頭には、チャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)を2年つづけて制するなど、ヨーロッパの強豪という名声を欲しいままにしていた。

また1970年に来日した際には、日本代表と3度対戦し、そのすべてに大勝を収めた。そこでエウゼビオが魅せた、魔法のようなボールコントロールと力強いドリブル突破&キャノンシュートには度肝を抜かれたものだ。

そこには、「本物を観た・・」という感動があった。そのときのことは、今でも鮮明に思い出す。

とはいっても、当時とは違い、「今」のヨーロッパのチカラ関係では、ベンフィカが「セカンドグループ」に甘んじていることは否めない。

ただ、そんな彼らが、2012-2013年ヨーロッパリーグ決勝で、沸き立つようなチャレンジャーマインドに突き動かされるように、ゲーム内容で「巨星」を圧倒してしまうのである。

そこで放散された巨大エネルギーの源泉は、もちろんカネと名誉。でも彼らには、もう一つ、大きなモティベーションがあった。そう、プロとしての意地だ。

彼らもまた、超のつく一流選手たち。でも、「ちょっとした行き違い」で、欧州のビッグクラブで、名声を(市場価値を!?)アップさせるチャンスを逃した者たちなのだ。

■ツキに「も」見放された天才たち・・

ハナシはちょっと逸れるけれど、この「ちょっとした行き違い」についても簡単に・・。

私は、世界中から才能ある若手プレイヤーが集結するヨーロッパにおいて、どのように彼らが、成功への階段を順調に上っていくだけではなく、逆に、その階段を踏み外すのかという「経緯」を、ある程度は把握しているつもりだ。

ユース時代には、スターへと上り詰めていくことが期待されていた「天才的な若手選手」。でも、そんな「上澄みの才能」が、世界のトップクラブで、安定したレギュラーポジションを獲得できるまでには、様々な紆余曲折があるんだ。

そんな「紆余曲折」を生みだすファクターは、それこそ数え上げたらキリがない。

例えば、個人的に契約を結んだマネージャー。彼の手腕(コネクションや交渉技術など)によっても、どのクラブに所属できるか、サバイバルできるかが決まったりする。

また、トップクラブに潜り込めたとしても、次にはそのクラブのジェネラルマネージャーや監督・コーチ(またチームダイレクター!?)といった連中と、彼らの価値観(感性)との調整も含めて、どのように「上手く」やっていくのかという「現場のメカニズム」が待っている。

もちろん、チームメイトという「競争相手」によって作りあげられたヒエラルキー(権力闘争!?)ピラミッドもあるし、選手個々の「人間性やインテリジェンス」を基盤にした人間関係の環もある。

いまビッグクラブで活躍しているレギュラー選手だけれど、超のつくエクストラ級スーパースターは除き、彼らは、すべからく、そのような厳しい「紆余曲折」を生き抜いたサバイバーなのだ。

逆に、可能性はあったけれど、結局は、「現場のメカニズム」に上手く乗れなかったり、ツキに恵まれなかった才能連中は、別のクラブへと活躍の場を移していくことになる。

「異論、反論、オブジェクショ~ン・・!!」ってなことになるかもしれないけれど、そんな、ツキに「も」恵まれなかった「超一流選手」たちによって構成されているのがベンフィカなのだと思うのだ。

■意地の下克上・・

その決勝でのベンフィカは、何かが「弾けた」ように、レベルを超えた「闘い」を魅せた。

まさに、沸き立つような「闘う意志」が重なり合うダイナミックな全員サッカーで、チェルシーを攻め立てるベンフィカなのだ。

美しくスムーズな連動性をみせる、ダイナミックで忠実なディフェンス。躊躇(ちゅうちょ)なくリスキーな勝負へチャレンジしていく魅惑的なオフェンス。

それも、ポルトガルらしい、ドリブルを駆使するテクニカルな攻めだから、観ていて楽しいことこの上ない。

もちろん、そのドリブルにしても、決して自分勝手なスタンドプレーではなく、あくまでも「組織的な仕掛けマインド」にあふれたモノだ。

彼らは、ドリブルで突破するだけじゃなく、常にラストパス「も」イメージしているのである。

だから周りのチームメイトも、ドリブラーの勝負イメージを「拡大」させるように、決定的スペースでラストパスを受けようと、ボールがないところでの動き(フリーランニング)の量と質をアップさせる。

そこには、「クリエイティブなムダ走り」に対する強烈な意志「も」あふれ返っていた。

組織的な(汗かき)ハードワークと、勇気あふれる個人の勝負プレーが高い次元でバランスする優れたサッカー。そんなベンフィカに、誰もが舌鼓を打っていたに違いない。

それに対しチェルシーは、チーム内のゴタゴタだけではなく、「ヨーロッパリーグなんて・・」と甘く見る心理に支配されていたことで(!?)モティベーションが高まらず、攻守にわたって後手を踏みつづけるのである。

特にディフェンス。

相手ボールホルダーへの「寄せ」が甘いこともそうだが、忠実にマークをつづけなければならない状況で、「どうせパスなんて来ないさ・・」と、安易に相手を行かせてしまったり、カバーリングが遅れたりする。

まあ、たしかにチェルシーも、オスカーやフランク・ランパードがブチかました強烈なミドルシュート等のチャンスは作りだしたけれど、それらは、個のチカラ頼りの「ゴリ押しの単発チャンス」に過ぎなかった。

そう、そこでは、両チームの闘う意志のレベル差が、白日の下にさらされていたのだ。

イレギュラーするボールを足で扱うという不確実なファクターが満載のサッカー。だからこそ、本来の(物理的な!)チーム総合力だけではなく、意志のレベルによっても、サッカー内容に大きな差が出てくる。

そしてそれこそが、サッカーが「ホンモノの心理ゲーム」と言われる所以なのである。

しか~し・・

■サッカーの、サッカーたる所以!?・・

それは一瞬の出来事だった。後半14分。

ベンフィカの猛攻を、やっとの思いで抑えたチェルシーGKのチェフが、すかさずタテパスを前線へフィードした。それが、あろうことか、最前線のフェルナンド・トーレスまで、両チーム選手たちの間を「貫通」してしまうのだ。

そして、うまく相手のアタックをかわしたフェルナンド・トーレスが、飛び出してきたキーパーも抜き去り、正確な「ゴールへのパス」を決めてしまうのである。

それまでのゲーム展開からすれば、まさに起死回生の「唐突」な先制ゴールではあった。

ただ、粘るベンフィカも黙っちゃいない。彼らは、めげることなく攻めつづけ、PKを獲得して同点に追いてしまうのだよ。

その後ゲームが、まさに「動的均衡」と呼べるエキサイティングな仕掛け合いへと成長していったことは言うまでもないけれど、それでも、実質的な「勝負の流れ」自体は、明らかにベンフィカに傾きつづけていた。

しか~し・・

そう、後半ロスタイムに、まさかの神様ドラマが待っていたのだ。

チェルシーの左コーナーキック。

それをイヴァノヴィッチが、とても難しい体勢のヘディングで、ゴール右上隅へ流し込んでしまったのだ。それは、神様の所業という以外に表現のしようがない決勝ゴールだった。

■そして、勝者のメンタリティーというテーマへ・・

優勝セレモニーで、カップを掲げながら喜びを爆発させるチェルシー選手たち。その光景をみながら、私は、釈然としない感覚に包まれていた。

釈然としない!? 何を言ってるんだ・・サッカーじゃ、内容と結果が一致しないゲームなんて日常茶飯事じゃないか・・。

そんな自問自答のなかで、ハタと、こんな思いがアタマを駆けめぐるのだ。

・・このゲームを、単なる「神様ドラマ」として片付けるのは、まさに短絡だし進歩がなさ過ぎる・・そうではなく、チェルシーが見せつけた、「勝者のメンタ リティー」にも注目しなきゃいけないんじゃないか・・チェルシーは、それを絶対的なバックボーンに究極の勝負強さを誇示したんだゼ!・・

・・そうか・・このゲームの顛末は、チェルシーが、ホンモノの勝負強さの何たるかを世界中に知らしめたという見方もできるのか・・

チェルシーは、あれほどゲームを支配され、何度もピンチを迎えたにもかかわらず、最後のトコロでは、粘り強く守り抜いた。

そして、先制ゴールや決勝ゴールだけではなく、オスカーやフランク・ランパードが、ギリギリの強烈ミドルもブチかました。

状況が厳しくなればなるほど、そんなワンチャンスを確実にモノにするための集中力をアップさせられる・・。

チェルシーは、それこそが、超ビッグクラブたり得るクオリティーの神髄であると世界中に再認識させたと言えるのかもしれない。

そう、勝者のメンタリティー。

心理ゲーム、天賦の才とツキ、意地の下克上、神様ドラマ、そして勝者メンタリティー。

この勝負マッチには、そんな様々なコノテーション(言外に含蓄される意味)が内包されていたのである。