2026_100年構想J_第3節・・やっぱり、「有意なバランス」を執りながら、選手たちを戦術から解放するコトこそが、プロコーチに課せられた、もっとも大事なタスクなんだよ・・(マリノスvsレッズ、0-2)

そうだよ・・

攻守ハードワークの目的と実効を突き詰める「姿勢」がなければ、ゲームを盛り上げるコトなんて、夢のまた夢なんだ。

そう、前半は、両チームともに、まさに「寸詰まりサッカー」だったわけだけれど・・

それが、後半になって、やっと、ホントにやっと、両チームともに、主体的に、仕事(攻守ハードワーク)を、主体的に、探しまくりはじめたんだ。

もちろん、基本的なチーム戦術(基本のポジショニング等)は意識するけれど、やっぱり、攻守の「勝負所」に「なりそうな雰囲気」を感じた次の瞬間には、「爆発」しなきゃいけないんだよ。

それが、優れて魅力的なサッカーを創りだすんだ。

爆発(≒ギリギリの主体性勝負プレー)・・

ボール奪取プロセス(守備)では、最終プロセスに入った次の瞬間には、自分のマークを放り出してでも、次の「勝負所」へ急行したり・・

そう、カバーリングや、勝負のインターセプト&局面デュエル等ね・・

またスペース攻略プロセス(攻撃&仕掛け)では・・

勝負ドリブルを仕掛けていく勇気は当たり前として、それよりも、何といっても、ボールがないところでのアクションの量と質をアップさせるコトこそが、有意な「爆発」なんだよ。

そんな、爆発的な主体性勝負プレー・・

この試合でも、そんな勇気ある「プレー姿勢」が、勝負を決めた。

そう、関根貴大がブチかました、「ここぞっ!!」のオーバーラップね。

彼には「匂って」いたんでしょ、「そこ」にクロスが飛んでくるってネ・・

そしてヘディング一閃から、こぼれ球を押し込んだ。

それは・・

後半の、両チームのサッカーが、さまざまな意味合いで「活性化」したことを象徴する先制ゴールではありました。

このコラムで強調したいテーマは・・

理想は、ポジションなしのサッカーというコトなんだよ。

もちろん、GKを除いてネ。

拙著、「闘うサッカー理論」でも、冒頭で、そのコンセプトを強調したっけ。

何せ、わたしのマスターの一人は、「あの」リヌス・ミケルスだからネ。

・・選手たちは、規制から解放されなければならない・・

・・そんな積極的&攻撃的な「マインド」をモティベートするためにこそ、クレバーな戦術があるし、優れた心理マネージメントがあるんだ・・

彼からは、そんな「教え」を享受させてもらった。

もちろん、そこでは、「正しいバランス感覚」こそが、もっとも重要な命題。

ただし、「バランス」を希求しすぎたら、そりゃ、選手たちは、戦術という「殻」に閉じこもって(責任からの逃避!?)しまう。

だからこそ、戦術をベースにしながらも、「機を見計らう」自分自身の「解放」が、サッカーのレベルを、一回りも、二回りも増幅させるっちゅうワケだ。

このエキサイティングな勝負マッチを観ながら、そんな、リヌスの教えを思いだしたものさ。

ところで、どうしても苦言を呈したいコトがある。

それは、関根貴大のスーパー先制ゴールの5分後にレッズが繰り出した選手交代。

たしかに新田理央は、良かった。

でも、同じく、その時間帯で(そのゲーム展開のなかで!)投入された、イサーク・キーセテリンは、まったく、いただけなかった。

最前線で、パスを受け、そこで味方の押し上げを待つための「タメ」を演出できるわけじゃない。

またボール奪取プロセス(守備)でも・・

最前線でのチェイス&チェック(寄せ)が、まさに「テレンコ・テレンコ・・」ってな、まったく相手への「心理プレッシャー」にもなり得ない、ぬるま湯のプレー姿勢。

「あの時間帯」じゃ、とにかく、最前線からのチェイス&チェック(寄せ)によるプレッシャーが、もっとも大事だったにもかかわらず・・

わたしは、心底、ハラを立てていたよ。

その采配って、「勝負センス」に欠けているんじゃないの!?

まあ、たまには、怒りのコメントも、ご容赦あれ・・

へへっ・・