My Biography(27)_ウルリッヒ(ウリ)・ノイシェーファー(その2)

■親友ウルリッヒ・ノイシェーファーとの出会い・・

監督のヘルベルト・シャハテン(以下ヘルベルト)が、ウルリッヒ・ノイシェーファー(以下ウリ)と、ものすごくシリアスな表情で向かい合っている。

そこは、クラブ関係者がいつも集まる、典型的なドイツの飲み屋。ドイツ語でクナイペという。彼らは、行きつけの飲み屋ということで、「シュタム・クナイペ」と呼んでいた。

その一角に据えられているテーブルに、ヘルベルトとウリが隣り合って座り、議論しているのだ。

私は、そのすぐ横に座り、会長のハンブーシュンが英語にしてくれる「説明」に耳を傾けている。

その真剣なディスカッションには、文化の違いをまざまざと見せつけられる思いだった。

もちろん日本でも、アマチュアでもプロでも、監督と選手がぶつかることは多い。でも、ウリのように、自分の主張(不満)を、冷静に監督へぶつけるケースには出くわしたことがない。

さすがにドイツ・・とは思ったのだけれど、そんなウリの強烈な自己主張には、文化の違いとは別に、深い、深~い事情もあった。

まあ、その背景については、また別の機会に・・。

ちなみに、ウリとの関係とは、今でも、とても近い。

いま彼は、ドイツ北端の町フレンスブルクの総合病院で、救急病棟の整形外科医として活躍しているけれど、ドイツへ行くたびに、時間を作っては彼の自宅を訪ねることにしている。

奥さん(アンニャ)や3人の息子たちとも、とても気持ちのよい関係だし、先日は、ハンブルクでIT関連(オンライン辞書ビジネス)のインターンシップをしていた私の娘も連れていった。

娘は、これまでに何度も連れて行ったことがあった。ただ最後は8年ほど前になるから、子供たちにしても、まさに初対面という雰囲気だった。

私は、そんな子供たちの会話を聞きながら、時の流れを実感したモノだ。

あっと・・。ヘルベルトとウリの、シリアスな議論だった。

■ドイツ的な(!?)ディスカッション・・

「とにかく、オレがベンチに座るなんてコト(要は補欠)には納得できない・・オレは絶対にチームに必要な選手だし、それでチームが強くなることは確かなんだから・・」

「ウリ・・考えてもみろよ・・オマエは長い間チームに不在だったし、アメリカから戻ってきたからって、すぐにレギュラーポジションを与えちゃったら、今度は、それまでプレーしてきた仲間が納得しないだろ・・」

ウリは、長い期間アメリカを旅していた。そして、私がチームに参加したのと同じタイミングでドイツに帰国し、クラブに復帰したというわけだ。

ヘルベルトは、ウリをなだめるように話しつづける。彼とウリは(もちろん私も)ほぼ同年齢だ。

そのとき私は、厳しく主張が対立するシリアスな雰囲気にもかかわらず、大声を上げたり、険悪な雰囲気になるでもなく、あくまでも、冷静でロジカルに意見を述べ合うという状況にも、文化の違いを感じていたのかもしれない。

「とにかく、トレーニングでいいプレーをつづけて、チームメイトの誰もが納得できるようになるまでもう少しガマンしろよ」

プレーイングマネージャー(監督兼選手)のヘルベルトだけれど、監督にしては少し若すぎるのでは・・という印象だった(そんなふうに、社会的な立場と年齢をリンクさせちゃうのも日本的!?)。

でも彼は、チーム内ではかなり信用されているみたいだ。

彼は、元セミプロでプレーしていたということだったけれど、ケルン体育大学とケルン総合大学(医学部)で学ぶために、ユンカースドルフのプレーイングマネージャーに収まった。クラブからは、月に5-6万円程度の、監督としての報酬が支払われているらしい。

■議論が白熱していく・・

「このチームは、勝つことを目指しているんだろ。それだったらオレがプレーすべきだよ」

食い下がる、ウリ。それに対して、こんなふうに受けて立つヘルベルト。

「オレ達はアマチュアだから、勝つことが全てじゃないんだ・・仲間意識とか、楽しみながら、健康のためにもサッカーをするってコトも大事なんじゃないか・・」

「そのためにも、いつも練習に出てきているなかで、まあ、調子とか戦術もふくめて相応しい選手が・・まあ、それについてはオレが判断するわけだけれど・・その選手がゲームに出場するっていうのが本筋だと思うんだよ・・」

そのとき、テーブルに同席し、2人のディスカッションを黙って聞いていたヘルムートが、私にウインクしながら議論に参加していくんだよ。

エッ!? そのウインクには、どんな意味があるんだ!? ちょっとドキマギした。たぶん・・

・・どうだい・・オレ達のクラブじゃ、こんなフランクな議論だって出来るんだぜ・・それは、クラブの体質が健康的なことの証拠だろ・・オマエは、良いクラブに入ってきたんだぜ・・ってか~!?・・

「じゃ、勝利に(十分に!?)貢献できなくても、いつも練習に出てきているということだけで先発メンバーに入れるのかい?・・その選手のせいで負けたとしてもオーケーというわけだな・・」

そんなウリの言葉が、ディスカッションを「より」ヒートアップさせたことは言うまでもない。

そんな状況を見ながら、前述した、「冷静なドイツ的ロジックの対峙」という私の印象が揺らいでいく。このままだったら、どこかで冷静さを失って、感情的に対立しちゃうんじゃないか!?

そのとき・・

「そんなことはないよ・・チームが負けてしまったら、楽しくないんだから、できるならば勝つ方がいいに決まっているさ・・ヘルベルトだって、勝つために、チーム全体が納得するような先発メンバーを決めるという原則を曲げているわけじゃないんだよ・・」

ヘルムートが、そんなふうに、ディスカッションに参加していくんだよ。

「オレ達はアマチュアだから、ヘルベルトにしたって、色々なコトを考え、チームのなかのバランスをとらなければならないということが言いたいんじゃないか・・」

フ~~・・黙ってりゃいいのに・・それじゃ、ディスカッションが、もっとヒートアップしていっちゃうんじゃないか・・

私は、そんなことを思いながら、ドイツ人たちの強烈な主張のぶつかり合いに、ちょっとビビりながらも(!?)、厳しい雰囲気のなかで聞き耳を立てていた。

■ヘルベルトの見事な締め・・

隣に座るハンブーシュン会長も、私に英語で説明しながら、気が気ではない様子。

「考えてもみろよ・・チームメイトがやる気をなくしたら、それこそ空中分解しちゃうだろ・・それじゃ良いサッカーで勝とうなんて無理なハナシだよな・・オ レが言っているのは、チームの大多数が納得するようなバランスのとれたマネージメントをするのがオレの役目だってことなんだ・・」

「そう、そういうことだ・・」と、相づちを打つヘルムート。

よしゃいいのに・・。私は、ヒヤヒヤしながら、そんなことを思う。

そしてヘルベルトが、たたみ掛けるように続ける。

「このクラブ(ユンカースドルフ)の場合、他のクラブからいい選手をスカウトしてくるとか、勝つために手段を選ばないというんじゃ、みんなクラブを辞めちゃうだろうし、クラブの雰囲気だってギスギスした最悪なモノになっちゃう・・」

「気の合う仲間とサッカーをやっていることが楽しい・・そんなコミュニティーの一員になっていることが心の糧にもなる・・そういうコトだってクラブの目的なんじゃないか!?・・」

「とにかくオレ達は、勝つためのサッカーと楽しみのバランスをとらなければいけないと思うんだよ・・オレ達は、プロを目指しているわけじゃないんだから・・そうだよな、ハンム?(ハンブーシュン会長の略称)・・」

「えっ!?・・まあ、そういうことだな・・」と、ハンブーシュン会長。急にハナシを振られたものだから、ちょっとドギマギしながら相づちを打った。

そしてヘルベルトは、議論に終止符を打つように、決然とした口調で、その場を締めたんだよ。

「ウリ・・とにかく時期がくるまで待てよ・・判断は、チームをまかされているオレの仕事だし、もうこれ以上、オレのマネージメントに不満を言わないで欲しいんだ・・チームを混乱させるだけだからな・・必要なときには、オレの方から意見を聞くからサ・・」

■ウリのクルマで送ってもらうことになった・・

同年齢の若者たちが、プレーイングマネージャーと選手という立場で主張をぶつけ合っている。

それを、奇妙な感覚で見ていた私だったけれど、最後にヘルベルトが放った、決然とした言葉には、とても強い印象を受けたっけ。

ヘルベルトは、まさに論理的に、自分の立場と、チームに対する責任を、決然としてウリに再認識させたのである。

そのとき私は、自分と同じ年齢にもかかわらず、みんな、自己主張もふくめて個性が強いし、精神的にものすごく自立している(自我が確立している)と感じていた。

私にとって、このディスカッションも、カルチャーショックの一環だったのかもしれない。

ハンブーシュン会長も、ヘルベルトの最後の言葉に納得した様子。すぐに議論をさえぎるようにウリに話しかけた。

「ウリ・・この日本人は新しいチームメイトなんだよ・・名前は、ケンジというんだ・・ツルピヒャー・プラッツ(ツルピヒャー・スクウェア)の近くに住んでいるということだけれど、それだったら、オマエのアパートのすぐそばだよな・・帰りに送ってやってくれないか・・?」

ハンブーシュンは、ウリに対し、そんな風にわたしの帰りの足を頼んでくれた・・たぶん。そのとき、断片的にはドイツ語が聞き取れたから、そんな風に言って くれたのだと思った。ちなみに(当時は!?・・それに「あの」ドイツだから!?)、ビール1~2杯くらいだったら、酒気帯びとか飲酒運転にはならない(な らなかった!?)。

ウリのクルマは、とても古いフォード。見たことのないモデルだ。たぶん、当時のヨーロッパだけで売られていたヤツだろう。

フォードといえば、アメリカのフォードと、ヨーロッパフォードは、まったく違う(文化の!?)会社だ。

要は、アメリカの嗜好とヨーロッパのそれが全く違うということなのだけれど、二つの会社の間には、資本関係しかないなんてことまで感じてしまう。

まあ、そんなことは、どうでもいいけれど、ウリが、自分のフォードを、とても嫌っていたことが印象的だったんだよ。

彼とは、もちろん英語で話した。

「ホントに、このクルマから、なるべく早く解放されたいよ・・やっぱりクルマは、ドイツ車しかないよな・・例えば、BMWとかサ・・オレは貧乏学生だから高嶺の花だけれど、チャンスがあれば、すぐにでも買い換えたいよ・・」

「いいクルマじゃないか・・」

そんな私の言葉に、ウリが、「でもドイツのクルマじゃないんだよ・・」と、吐き捨てた。

その話しぶりから、彼が、「ドイツ」に対してとても深い「こだわり」があることを感じた。

とにかく、フォードをキッカケに、帰りのクルマのなかでの会話が弾むことになる。

(つづく)