2025_J1_第8節・・不確実なサッカーは、究極の心理ボールゲーム・・だから、攻守にわたって、「主体的」に、攻守の仕事(ハードワーク)を探しまくらなきゃ、良いサッカーなど望むべくもない・・(レッズvsエスパルス、2-1)
前節のコラムと、同じようなニュアンスのコラムになりそうだけれど・・
とにかく・・
レッズは、ホントに、よく、勝ち切った。
そういえば、前節コラムのタイトルは、こんな感じだった・・
・・レッズは、強いセレッソに対して、よく引き分けまで持ち込んだ・・この「粘りマインド」は、かならず「次」につながる・・この強い、「意志と覚悟」を、極限まで高めよう・・
たしかに・・
そう、前節の「粘りプレー」は、「次」につながったよね。
それにしても、レッズの、現在の「フォーム」は・・
彼らが内包する、ベース能力(≒まあ、個の能力の単純総計・・かな!?)からすれば、まだまだ本調子とは、ほど遠い。
あっと、フォーム・・
それは、チームの、物理的、心理的、そして戦術的な「状態」・・ね。
とにかくレッズは・・
ボール奪取プロセス(守備)における、チェイス&チェック(寄せ)のダイナミズムが、足りない。
特に、最前線からの、積極的&攻撃的な「寄せ」がね。
だから、うまく、ゲームを支配できない(中盤でのイニシアチブの掌握ね)。
サッカーでは・・
すべてが、ボール奪取プロセス(守備)から、はじまるんだよ。
そこで、個々人が、自ら、積極的&攻撃的に、ボール奪取プロセス(守備)におけるハードワーク(仕事)を、探しまくれるかどうか・・
それこそが、サッカーの内容を左右する、決定的ファクターなんだ。
そこで、少しでも(一人でも!)、ビビッたり、サボッたりしたら、良いサッカーなんて、望むべくもないんだよ。
前節コラムでは、最前線のチアゴ・サンタナの、ボール奪取プロセス(守備)における、「寄せ」の内容に苦言を呈した。
また、同じように、原口元気の、ボールがないところでのアクションの量と質に(プレー姿勢!?)に対しても、アタマにきていた。
とはいっても、このゲームでは・・
まあたしかに、この二人の(このゲームでの!)プレー姿勢については、少しは、「闘う意志の好転」が見えはじめたって感じた。
ここでは、攻守にわたる、ギリギリの「主体性プレー」のコトを言っている。
わたしは、「爆発・・」とか、「全力スプリントの積み重ね・・」などといった表現で、その、攻守にわたる「主体性プレーの内実」を表現することにしているんだ。
そう、「意志」によって支えられる、プレー姿勢(主体性プレー)・・
その視点では、この試合では、かなり、エスパルスに「やられた」という印象がのこったね。
たしかに・・
レッズの「守備ブロック」が、強烈に堅いことで、事なきを得てはいたけれど・・
それでも、後半34分、エスパルス高木践に「追いかけゴール」を奪われてからは・・
かなり、危ないトコロまで押し込まれた。
その、「押し込まれた」という現象だけれど・・
それは、まさに、不確実なサッカーが、究極の「心理ボールゲーム」であることの証明だった。
そこには・・
選手たちが、攻守にわたって、「主体的」に、攻守の仕事(ハードワーク)を探しまくらなきゃ、決して良いサッカーなど出来ないという、サッカーの本質メカニズムが、隠されている。
そう・・
エスパルスが、最後の最後まで、積極的&攻撃的に、ダイナミックなボール奪取プロセス(守備)をブチかましつづけたっちゅうことさ。
だからこそ、グラウンド上の人数が、「11対15」ってな優勢にまで「感じられる」ほど、エスパルスに、イニシアチブを握られつづけたんだよ。
ということで・・
このコラムで言いたかったことは、ただ一つ。
良いプレイヤーになるためには・・
攻守ハードワークとリスクチャレンジを、積極的&攻撃的に(主体的に)探しまくらなければならないという、歴史が証明している厳然たる事実。
それこそが、プロ選手たちにとっての、次のステップへの「トビラ」を開ける、キーなんだよ。