2025_J1_第27節・・リカルド柏レイソルが魅せたサッカーには、リーグトップ返り咲きに相応しい、攻守にわたる、究極の「主体性プレー」が集約されていた・・(レイソルvsレッズ、4-2)

このゲームからピックするテーマは、まあ、コレしかないだろうね。

交替プレイヤーの、闘う意志。

このレベルが、レッズとレイソルでは、まさに雲泥の差だった。

もちろん、そのレベルを測るパラメーターは、ボール奪取プロセス(守備)での、チェイス&チェック(寄せ)の内実。

そのポイントこそが、この大逆転劇の絶対的バックボーンだった。

え~とネ・・

チームに対する貢献・・

その絶対ベースは、もう、闘う意志しか、ないんだよ。

それさえ充実していれば・・

そう、攻守ハードワークの内実だって、自然とアップしていく。

そのポイントで、レッズ交替選手たちは、まったく存在感を発揮できていなかった。

・・というか、プロとしての自覚を疑われても、仕方ないほどの最低パフォーマンスだったとさえ言えそうだ。

もちろん、一人だけが、攻守にわたって走り回っても、何も生み出せない。

それでも・・

そう、攻守にわたって、ボールがないところでのアクションの量と質を「爆発」させれば、その「刺激」は、かならず、チームに好影響を与えられるモノなんだよ。

そして、チーム全体の、攻守にわたる組織ハードワークだって、アップしていく。

そんな「意志の貢献」は、テクニックとかタクティックのハナシじゃない。

そうではなく、プロとしての自覚と意志(意地!?)の問題なんだ。

とにかく、攻守にわたって、必死に「闘い、動く」ことで、少なくとも、チームを、ポジティブに刺激できるハズなんだ。

でも、レッズ(交替選手!?)のプレー姿勢からは、そんな「プロの意地」ともいえる「強烈な闘う意志」が、まったく感じられなかった。

それに対して、レイソル・・

皆さんもご覧になった通り、ボール奪取プロセス(守備)でのチェイス&チェック(寄せ)の内実には、「闘う意志のオーラ」が、光り輝きつづけていた。

それも・・

その輝きは、同点ゴール、逆転ゴールを奪ってからも、まったく衰えを知らなかった。

それに対して、レッズは・・

たしかに、セットプレーからの先制ゴールや、素晴らしい「ダイレクトパスを織り交ぜた組織コンビネーション」による追加ゴールは、素晴らしかった。

でも、その「0-2」のリードが、彼らから、完璧に、チャレンジ精神(主体性の闘うプレー姿勢)を、奪ってしまった。

それだけじゃなく、交替選手たちも、「心理的な穴」を、まったく埋められなかった。

実は、わたし、ハーフタイムには・・

前半のレッズが魅せた、ダイレクトパスを織り交ぜた組織コンビネーション(素早く効果的なカウンター)と、その先にいる松尾佑介の個の勝負能力について、コラムを書きはじめていた。

でも・・

まあ、「これ」もサッカーだから、仕方ない。

あっと、チェイス&チェック(寄せ)だけれど・・

そのバックボーンには、トランジション(攻守の切り替え)の内実も含め、まさに、選手一人ひとりの「心の闘い」があるんだ。

そのコトも、このコラムの骨子ということなんだ。

そう、「そこ」では、選手たちのプロとしての意志や自覚の「内実」が、問われるんだ。

とにかく・・

レッズがブチかまされた、まさに恥辱的な「逆転劇」を、これからの、彼ら自身のプロ生活を支える実のある「学習機会」として活かして欲しい。

そこでは、彼らの「プロとしての自覚」が問われている。

とにかく、このコラムでは・・

グラウンド上の現象を、事細かに「体感」している選手一人ひとりに対して、そんな厳しい言葉を投げかけることにした。

悪しからず・・

もちろん逆に・・

リカルド柏レイソルに対しては、同じサッカー人として、日本サッカーへの貢献という意味合いも含めた「称賛と感謝の拍手」を、おくりたい。

彼らが魅せたサッカーには、レイソルのリーグトップ返り咲きに相応しい、攻守にわたる、究極の「主体性プレー」が集約されていた。

その素晴らしい「意志のサッカー」・・

堪能させてもらった・・