My Biography(23)_ケルンNo.1プロクラブ(1.FC.Köln=FCケルン)アマチュアチームへのチャレンジ(その3)
■ドイツのマイスター(ライセンス)制度・・
「それじゃ、クリストフが、ケンジに必要なコトを教えてくれ・・」
ビーザンツさんは、そう言い残して更衣室を後にした。
名指しされたクリストフは、嫌な顔一つせず、私が何をしにドイツへきたのかを尋ねた。
「へ~、日本から、サッカーを勉強するためにきたんだ・・」
それを聞いたクリストフがつづける。
「そうだよな~・・たしかに今回のヨーロッパ選手権じゃ(1976年にユーゴスラビアで開催された、ヨーロッパナンバーワンを決める欧州版ワールドカッ プ!)、決勝のPK戦でチェコスロバキアにうっちゃられてしまったけれど、オレ達の代表チームの実力は誰もが認めるところだからな・・まあ、代表チームだ けじゃなく、ドイッチュランドは、コーチ養成とライセンスのシステムでも世界屈指だと高く評価されているんだよ・・」
そう、当時の西ドイツのサッカーコーチ育成システムは(現在の統一ドイツでも!)、世界に冠たる権威を誇っている。
ところで、その西ドイツだけれど、ドイツ人は、当時でも、単に「ドイッチュランド」と呼んでいたっけ。そう、彼らにとっては、西も東もなかったんだよ。
西ドイツでは、東ドイツ人も、同じドイツ国民として認めていたから、東ドイツから逃げてきた人には、即刻、西ドイツ人としての身分証明書が発給されていたんだよ。
後に、私が長く所属することになる別のサッカークラブで出会い、人生の友となった「ウリ・ノイシェーファー」も、その一人だった。
まあ、彼については、「東からの逃避行」もふくめ、別の機会に詳述しよう。
ところで、権威あるドイツのコーチ養成コースとライセンス制度だけれど、その背景には、これまた世界に誇るマイスター制度の流れがあると感じる。
皆さんもご存じのように、ドイツでは、多くの手工業(工芸)や専門職において、「公的な資格」という権威の裏付けを与える社会システムが確立しているのだ。
そのマイスター制度だけれど、考えてみたら、「さすがに哲学の国ドイツ・・」だと思えてくるじゃないか。
彼らは、どんなことについても、成文の権威というバックボーンを確立しようとするけれど、その背景に、どんな職業であれ、その全てが社会的な意義(価値)を有するという哲学的な意味付けがあるというわけだ。
そう、そのことを突き詰めれば、「生きるとは何か・・」という永遠の哲学テーマが見えてくるのである。
このマイスター制度については、もっと分かりやすい表現がありそうな感じだけれど、どうも今日は、よい発想がアタマに浮かんでこない。
悪しからず・・
■雰囲気に圧倒されながらも・・
あっと・・、1.FC.Köln アマチュアチームの更衣室だった。
「このロッカーが空いているから、ケンジは、ここを使えばいい・・それと、トレーニング後のシャワールームは、あっちにあるよ・・たまに、トップチームの プロ選手と一緒になることもあるけれど、トレーニングの時間帯が違うから、基本的にはオレ達専用のシャワールームということだね・・」
クリストフは、必要最低限のことを、テキパキと教えてくれた。
ちなみに、この「クリストフ」とは、私の生涯の友となる、クリストフ・ダウムのことだ。
そのときはケルン体育大学の学生だったし、後に彼が、あれほどの「ビッグな存在」になろうとは、夢想だにしなかった。
彼については、「Wikipedia」も参照してください。
そのクリストフと(英語で)話しながら着替えていたのだけれど、そのうちに、アマチュアチームの選手たちが続々と登場してきた。
筆者も、190cm近くの長身だけれど、ほとんどの選手たちとは、目の高さが同じだ。でも、横幅が違う。とにかくヤツらは、「長くて太い」んだよ。
・・フ~~ッ!・・この体格の違いだからな・・アジア人が、フィジカルではかなわないというのも当然だよな・・
大男たちと着替えながら、そんなことを考えていた。でも・・
そう、そのなかに、まさに「アジアンサイズ」という選手もいたんだよ。
周りが大きいから、逆に、とても目立つ。それでも、態度はデカイし、かもし出す雰囲気も自信に満ちあふれている。すぐに、彼がチームでも一目置かれる存在だということが分かった。
「あ~・・アイツね・・ものすごいテクニシャンで、ウチのチームには欠かせないチャンスメイカーだよ・・ハインツっていうんだ・・」
クリストフが教えてくれる。
そうそう・・
サッカーっていうスポーツは、身体の大きさやパワーだけじゃなく、ボールを扱うセンス(テクニック&スキル)とか、戦術的なインテリジェンス、心理・精神的な基盤になる「意志の強さ」、そしてパーソナリティー等など、とてもたくさんの要素の集合体なんだよ。
だから、身体が大きくパワフルだったり、足が速ければいいってものじゃない。それもまた、サッカーが圧倒的な世界No1スポーツとして君臨できているバックボーンでもあるというわけだ。
「でもサ、ハインツは抜群に上手いけれど、ちょっとサボリ癖があるんだよ・・だから、ヤツのために周りが汗かきのハードワークをしなくちゃいけない・・ま あ、オレ達にしても、ヤツのお陰で結果を残せている部分も大きいから、その才能を、チーム全員でうまくシェアするという意味でも、納得してハードワークを やっているっちゅうわけさ・・」
そこまで語ったクリストフが、真顔になってつづける。
「そんなハインツの才能だけれど、オレは惜しいと思っているんだよ・・ヤツの才能だったら、トップチームでも十分に使えるからな・・でも、そのためにも、 もっと攻守のハードワークに精を出さなきゃいけない・・オレは、ヤツに対して、そのことを言いつづけているんだけれど・・」
クリストフとは、「その後」も長くつき合うことになるわけだけれど、私は当時から、ヤツが、サッカーの「メカニズム」を、物理的にだけではなく、心理・精神的にも、しっかりと理解し、的確な分析ができていると感じていた。
彼は、若い頃から、優れたパーソナリティーも含め、プロコーチとしての優れた資質を身につけていたのである。
まあ、それもまた、生まれついた才能ということか。
■さて、トレーニングの初日だ・・
もちろん私は、ボールやその他の備品を、両手いっぱいに抱えてグラウンドへ向かった。
「そんなことをする必要ないよ・・」なんて、クリストフは言ってくれたけれど、私は、少しでもチームに貢献することで、自分自身のなかで「チームに馴染むための心理的な準備」をしていたんだ。
そのことで、実際のトレーニングでも、より解放されたマインドでプレーできるようになるに違いない・・。
私は、自分の情緒的な状態と、チームの日常という心理環境との「距離」を縮めようとしていたのかもしれない。そう、チームメイトたちに、できる限りポジティブな心理で受け容れてもらうために・・。
そのためにも、まず「汗かきの仕事」から入るのがいい。そのこともまた、サッカーを通じて、感覚的に理解していた。
何せ、自分は、チームの選手にとってライバルになる得る(!?)テストプレイヤーだろうし、いつまでこのチームでトレーニングさせてもらえるかも分からないのだから。
そこでは、レギュラー選手たちは、とても親切に接してくれたけれど、それ以外のボーダーラインにいる選手たちは、自分のことで必死だった。
まあ、レギュラー選手たちには、自信という心の余裕があるということか。もちろん、単に、生まれつき親切な人というケースもあるんだろう。そう、クリストフのように・・。
ところで、ボーダーライン選手たち。
もちろん、わざと「意地悪」するような悪意を感じさせられることはなかったけれど、私のことを、これ見よがしにジャマ扱いしたり、無視したりするような選手はいたよね。
でも私は、そんなネガティブ態度の選手がいた方が、気が楽だったし、よりリラックスしてトレーニングに取り組めた。
まあ、その方が、より「現実」を肌身に感じられるから・・ということだったんだろうな。
変に親切にされたら、悪い気持ちはしない半面、その不自然な雰囲気に、もっと緊張したかもしれないから・・。
ということで、ボールを使ったウォームアップがはじまった。
一緒にペアを組んでくれたのは、ベルント・ステーグマン。ケルン総合大学の医学生だ。そしてレギュラー。自信があるし、人間的にも、とても大人だった。会話は、もちろん英語だ。
ところで、ベルント・ステーグマン。
彼とは、2006年ドイツワールドカップのときに、ひょんなことから再会を果たした。いま彼は、1.FC.Köln理事会の役員をやっている。もちろん、医者としても活躍している。
彼が、まだクラブと関わっていると聞き、ちょっとビックリしたけど、それでも、「一度サッカーに関わったら、そこから抜け出せなくなるものなんだよ・・」などと、変に納得したものだった。
■そして現実を突きつけられて・・
ベルントと、サイドキックでパスを回したり、ボールリフティングをしたり、その間にストレッチを混ぜたりと、一通りのウォームアッププログラムをこなした。そして思った。
・・ベルントは、大柄でパワーはありそうだけど、フォワードのレギュラーとしては、特別に上手いというわけじゃないな・・リフティングにしても、パスや ボールコントロールにしてもオレの方が上手いと思う・・また、周りを見回しても、そんなにテクニックがある選手が多いというわけでもない・・もちろんハイ ンツは別次元だけれど・・こりゃ、オレでもやっていけるかも・・
もちろんボール扱いは、単に、「サッカーの小さなファクター」の一つにしか過ぎない。それでも、そんな「小さなこと」が、気持ちを落ち着かせてくれるものなんだ。
私は、ウォーミングアップが終わる頃には、徐々に、気持ちに余裕を持てるようになりはじめたことに気付きはじめていた。でも・・
そう、そこから、「真実との遭遇」という展開になっていったんだよ。
それは、ウォーミングアップの後に始まったコンディショントレーニングでのことだった。
ビーザンツさんが最初に課したトレーニングは、100メートル走。
50メートルの間隔で立てられた二本のフラッグの間を往復するという100メートル走だけれど、そこでは、並行するように、二つのコースが設定された。
それも、フラッグを立てる位置を、「タテ」に5メートルほど「ずらす」というやり方だ。
右のコースを走る選手は、左のコースを走る選手よりも、5メートル「先」からスタートし、折り返し点では、左コースの選手よりも、5メートル「先」まで走ってフラッグを回らなければならない。
要は、常に、並行して走る選手を「追いかける」という状況がセットされたということだ。
そして私は、その100メートル走で、厳しい現実を突きつけられることになるんだよ。
私とペアを組んで走ったのは、ベルント。ホントに、ものすごく足が速かった。
彼は、チームでは左ウイングでプレーしているのだけれど、その速さは、ハンパじゃない。
私は、彼よりも5メートル「先」からスタートした。右のコースだ。でも、折り返し点のフラッグを回るときには、既にベルントに大きく引き離されていたんだ。
既に、視野の左側で、私を追い越してフラッグを回るベルント。青息吐息で最後の5メートルを走り切ってフラッグを回る私。フ~~ッ・・
アマチュアチームとはいっても、前のコラムで書いたように、何人かの選手は、たとえ針の穴を通すような小さな可能性でも、虎視眈々とプロ契約を狙っている。
そんな強者連中だから、それぞれに、何かしらの「レベルを超えた特長」を持ちあわせている。
ベルントの場合、それは、スピードであり、攻守にわたる忠実なハードワークであり、そして高さだった(足の速さは、ジャンプ力にイコール!!)。
その他にも、前述した「天才ハインツ」がいるし、相手の攻撃プロセスを「読み」、的確なポジショニングと競り合いからボールを奪い返してしまうスーパーディフェンダーもいる。
また、運動量がハンバじゃないハードワーカータイプもいるし、ドリブル突破に秀でた突貫小僧タイプもいる。
私が、そこで体感したのは、フィジカルやテクニックなどで「全般的に優れている」というジェネラリストタイプの選手が多い日本とは違い、一芸に秀でることに情熱を傾ける「ハングリーな半プロ」の世界だった。
そして、コンディショントレーニングと、一通りの戦術練習が終わり、トレーニング最後の、フルコートゲームになった。
「それじゃ、ケンジは、攻撃的なハーフに入るように・・」
ビーザンツさんが、事前に話し合っていたとおり、私に、チャンスメイカーのポジションを与えてくれた。
そして私は、更なるショッキング体験をブチかまされることになるのである。
(つづく)