The Core Column(37)_マリノス樋口靖洋の主張・・ゲーム戦術と「対処戦術」
■ある日の「Jリーグ」・・
「わたしは、選手たちを閉じ込めたとは思っていません・・」
「J」第10節、レッズ対マリノス。試合後の監督会見で、マリノス樋口靖洋監督が、私の質問に対して、少々「ムッ」とした雰囲気でそう答えた。
その質問は、こんな感じだった。
・・マリノスは、失点してから、本来の姿に戻ったと思う・・そして、我々が期待しているような優れた攻撃サッカーを展開した・・そんなマリノスだけれど、 ゲームがはじまってから失点するまでは、選手たちがゲーム戦術の枠にはまり込んでいたという印象を受けた・・そんな戦術サッカーと、失点してからの解放さ れたサッカー・・どちらが、本当のマリノスなんだろうか?・・
ちょっと、私の「舌足らず」のせいで、実際に聞こうと思っていたニュアンスが、うまく樋口靖洋監督に伝わらなかったのかもしれない。
もちろん、いつものように、私の質問に「悪意」はないし、私が、(ゲーム)戦術サッカーを否定しているわけでもない。
私が聞きたかったニュアンスは、どのようにゲーム戦術を、(自分たち本来のサッカーから大きく外れないカタチで!)効果的に機能させるのか・・というポイントだったのだけれど・・。
あ~・・舌足らず。すみませんネ、樋口さん。
立ち上がりから失点するまでにマリノスが展開した、共通の守備イメージが「連動」するサッカーは、とてもうまく機能していた。だからレッズも、そう簡単には、自分たちのサッカーを展開できなかった。
マリノスの樋口監督は、この試合に臨むにあたってのゲーム戦術的な「決まり事」は、そんなに多かったわけではないとも語っていた。
要は、レッズのシャドーストライカー二人(原口元気と興梠慎三)の動きとサイドゾーンへの展開を抑制するなど、レッズの人とボールの動かし方をしっかりとイメージして追い込み、良いカタチでボールを奪い返して攻め上がるなど(限定的な!?)戦術プランだったということだ。
フムフム・・
■(ちょっと寄り道して・・)ゲーム戦術から解放する「ゴール」という刺激・・
この試合、たしかに樋口靖洋監督が言うように、レッズの攻撃は(マリノスのゲーム戦術によって!)ある程度は効果的に抑え込まれていたと思う。でも・・
そう、レッズが先制(決勝)ゴールを奪っちゃったんだよ。柏木陽介のコーナーキックから、李忠成のヘディング一閃。
たしかに、それまでの「動き」の少ないゲームの流れからすれば、唐突なゴールと言えるけれど、でも、まあ、そこはサッカーだから・・。
そして、このゴールをキッカケに、ゲームの様相がガラリと変容していくんだよ。そう、マリノスの前への勢いが風雲急を告げちゃうんだ。そして、レッズを押し込んでいく。
そんな、ダイナミズムの急激な増幅は、当然の流れだった。何せマリノスは、そのままだと負けちゃうわけだから。
そして、攻守にわたるハードワークの量と質をアップさせ、攻守にわたって、数的に優位なカタチを「より」多く作りはじめるマリノス。
私は、そんなグラウンド上の現象を、「決まり事の枠組み」から解放されたマリノス、と表現したわけだ。
こうなったら、もちろん、中村俊輔の才能が、光り輝くのも道理。
何せ、スペースの攻略プロセスを創造しつづける中村俊輔なのだから。
スペースへ飛び出していくチームメイトの勢い(人数)が大幅にアップしたことで、彼を中心にした最終勝負プロセスの危険度が、格段にアップしていくのも道理だったんだよ。
でも、そんなマリノスの一方的な攻勢も長くはつづかず、ゲームの趨勢が、より「オープン」な展開へとエキサイティングに成長していったんだ。
その成長の経緯については後述しよう。
■寄り道ついでに、「戦術」についても簡単に・・
基本的な意味は、戦う術(スベ)ということなのだけれど、ここでは、ホントに簡単に分類するだけに止めまっせ。
誰だって、そんな硬いハナシなんて読みたいと思わないでしょ。でもサ、基本的に押さえておくべきトコロ「だけ」は・・ネ。では・・
まず個人(グループ)戦術。
攻撃では、トラップ&コントロール、パスやドリブルなどが代表的だよね。また守備では、ポジショニング(組織的なバランシング)、マーキングやタックルなど、ゴールキーパーでは、キャッチングやパンチング等など、個人(グループ)の戦うスベは、多岐にわたる。
次が、どのように攻め、どのように守るのかという、基本的な「サッカーのやり方」に関する共通理解(コンセプト)であるチーム戦術。
最後が、次の試合へ向けた実戦的なプラニングとしてのゲーム戦術と、ゲーム中に発生する状況変化へ的確に対応する「対処戦術」。
そして、この最後の二つが、今回コラムの中心テーマなのであ~る。
■ということでゲーム戦術・・
ゲーム戦術は、スカウティングによって把握した(次の対戦相手の)特長をベースにした、どのように守り、どのように攻めるかについての具体的な「イメージ作り」とも表現できる。
とはいっても、その戦術的プラニングの中心は、やはり「守備にあり・・」だ。
守備は、主体的なアクションの積み重ねである攻撃とは違い、基本的に「受け身」にプレーせざるを得ないわけだから。
もちろん「やり方」によっては、そんなディフェンスを、限りなく能動的、主体的なモノへと進化させることも可能なわけだけれど・・。
まあ、このテーマについては、フランコ・バレージをモデルにして書いた「このコラム」も参照してください。
ところで、そのゲーム戦術の練り方だけれど、それは、強いチームと、(比較的)弱いチームとでは、大きく異なるよね。
何せ、もし総合的なチカラで明らかに劣るチームが、(強者に対して!)真っ向勝負を挑んでいったら、何点ブチ込まれるか分かったモノじゃないわけだから。
それに対して強いチームは、「自分たちのサッカー」を貫くのが基本というわけだ。
ということで、そんな(総合力で劣る!?)チームの場合、相手の「攻撃の良さ」を、いかにうまく抑えて効果的にボールを奪い返すのかという発想のディフェンスのやり方が、プラニング(ゲーム戦術)の中心になるのである。
もちろんそこでは、自分たちが主体になって仕掛けていく「次の攻撃」のブレーキにならないように、イメージ作りをするというのが基本だ。
そしてここで、冒頭の、レッズ対マリノス戦で、樋口靖洋監督が「イメージ」したゲーム戦術のハナシに戻るというわけだ。
たぶん樋口靖洋監督は、マリノスが、チーム総合力でレッズに「大きく劣っている」とは思っていないだろう。
だから彼は、自分たちの「次の攻撃の実効レベル」を、より高いレベルへ引き上げるために、どのようにボールを奪い返すのか・・という発想でゲーム戦術を練ったのだと思う。
微妙なニュアンスだけれど、その発想の方向性は、強者、弱者の別なく、ほぼ全てのチームに当てはまる。
■読売サッカークラブのハナシ・・
私も、読売サッカークラブ時代は、同じ発想で、次の相手のスカウティングを重ねたものだ。
そう、自分たちの攻撃でのアドヴァンテージ(強み)を最大限に活かしていくための守り方・・という発想。
突き詰めれば、当時の読売サッカークラブのオフェンスを牽引していた二人の中心選手が、次の攻撃を効果的にリードできるためには、どのように相手からボールを奪い返すのが理想的か・・というテーマだったとも言える。
そう、攻撃については、ジョージ与那城とラモス瑠偉の「イメージ」が中心だったんだよ。
当時は、「この二人」の攻撃イメージに、周りのチームメイトたちのアクションをいかに上手く「フィットさせるのか」というテーマが中心だった。そのなかに、どのように相手からボールを奪い返すのかという守備のやり方アイデアも内包させていくというわけだ。
もちろん、攻撃についても、たまには、こんな話し合い(!?)もしたよね。例えば・・
・・たまには、相手が予期しないロングパスを使ったら効果的だぜ・・とか・・中央突破ばかりじゃなく、サイドからの仕掛けもイメージすれば攻撃に変化を付けられる・・そしたら、アンタらのイメージする仕掛けも、やり易くなるぜ・・等など・・
でも結局は、そんなアイデアについてグラウンド上で判断するのは、「この二人」だったね。
というわけで、私のスカウティングのメインテーマは、おのずと相手の攻撃タイプ(特長)を詳細にスタディーするということになる。
相手選手の個々の能力やプレースタイル(タイプ)、攻め方の傾向などを把握することで、どのように追い込んでボールを奪い返すのかというイメージを(ゲーム戦術を)練り上げるわけだ。
そして「そこ」から、どのように、「例の二人」にボールを回していくのか・・というテーマに入っていくのである。
もちろん、相手の守備についても様々な「切り口」で観察し、相手ディフェンスのウラを突いていくために、どのように仕掛けていくのが効果的かというテーマを「例の二人」と話し合うこともあった。
でもサ、この二人の「こだわり」は尋常じゃなかったんだよ。
だから、「攻撃の変化」をつける(つけさせる!?)ためには、膨大な「説得エネルギー」が必要だったというわけだ。それについちゃ、読者の皆さんも何となく想像がつくでしょ。あははっ・・。
あっと・・、蛇足。
ということで、ゲーム戦術。
それは、監督・コーチによって、スカウティングの観察内容(その方向性)だけではなく、それに基づいた「やり方のアイデア」も、まさに千差万別であり、そのディスカッションに際限はない。
そのことも言いたかった。
そう、さまざまな意味合いで、ゲーム戦術ほど意義深い「学習機会」はないんだよ。
■そして最後は、「対処戦術」で締めくくる・・
このコラムで取りあげた、「J」第10節、レッズ対マリノス。
前述したように、決勝ゴールを奪ったレッズは、その失点によって急激にダイナミズムをアップさせたマリノスの攻撃に、最初はうまく対処できずに押し込まれた。
5-6分間だったろうか、守勢に立たされたレッズ守備ブロックが、ちょっと(スペースに対するイメージ作りではなく相手の人とボールの動きに気を取られすぎるために!?)足が止まり気味になり、守備の機能性(連動性)に陰りが見えてきたんだよ。
そして、そんな状況の悪化に、今度は、レッズ監督ミハイロ・ペトロヴィッチが動いたというわけだ。
そう、後半18分に、興梠慎三に替えて鈴木啓太をグラウンドへ送り込んだんだ。そして、柏木陽介を、一つ前のポジションへ上げた。
この選手交代は秀逸だった。そのことによって、レッズ中盤のディフェンス機能性(連動性)が、格段にアップしたのだ。
マリノス中盤での攻撃の芽を、効果的に摘み取ってしまう鈴木啓太のハードワーク。
彼は、中盤ディフェンスの「起点」として抜群の機能性を魅せたのだ。
そして、チームメイトたちの「足」も再び動きはじめ、組織ディフェンスがうまく「連動」するようになっていった。また、そのディフェンスの機能性アップを基盤に、危険な(ショート)カウンターを繰り出していけるまでに勢いを盛り返していった。
そしてゲームが、「動的な均衡」とも呼べる、エキサイティングな「オープンマッチ」へと成長していったのである。
ミハイロ・ペトロヴィッチが打った選手交代とポジション調整が、殊の外うまく機能したわけだけれど、それこそが、効果的な「対処戦術」だった。
現代サッカーでは、ゲーム戦術をプラニングするだけじゃなく、ゲーム中において、その流れを的確に読む「観察眼」と、ゲーム展開に応じて臨機応変に、そして素早く効果的な対処戦術を繰り出せる「瞬発力」も求められるのだ。
ゲーム戦術と対処戦術。
そこには、本当に深いコノテーション(言外に含蓄される意味)が内包されているのである。