2024_J1_第30節・・京都サンガ選手たちの、自らを奮い立たせる「意識と意志ポテンシャル」、そして柔軟で主体的な「対応力」・・わたしは、そこに、チョウ・キジェの、心理マネージャーとしての確かなウデを見ていた・・(マリノスvsサンガ、1-2)
レビュー
あららっ・・
前半9分、マリノス西村拓真が、(正しいVARジャッジで!!)レッドを喰らってしまった。
その後わたしは・・
さて~~、ってな感じで・・
そこからのゲーム展開について、考えをめぐらせていた。
もちろん、ボールのキープ率という意味のイニシアチブでは、チョウ・キジェ京都サンガに、少し、アドバンテージが傾いていく。
わたしは、チカラのあるハッチンソン横浜マリノスのことだから、そこから徐々に、彼らが、イニシアチブでも盛り返していくはずだって思っていたんだ。
でも、あにはからんや・・
イニシアチブでも、勝負という視点でも、チョウ・キジェ京都サンガは、最後の最後まで、「流れ」を、しっかりと掴んで離さなかった。
後述するけれど・・
レッドカード(数的優位)なシチュエーションを、うまく結果に結びつけるのは、容易なコトじゃないんだよ。
でも、チョウ・キジェ京都サンガは、結果まで、掴み取った。
まさに、いまの彼らの「昇り龍の勢い」を象徴するようにね。
それに対して、ハッチンソン横浜マリノス・・
わたしは、一人足りなくなった彼らについて、こんなコトを考えていた。
彼らは、西村拓真のレッドによる、数的不利シチュエーションを・・
逆に、ポジティブに活用できるかもしれない・・
そう、スペース攻略プロセス(攻撃&仕掛け)のイメージングを、チーム内で、統一するんだ。
そして実際に・・
人数をかけて攻め上がる、チョウ・キジェ京都サンガに対して・・
ハッチンソン横浜マリノスは、「トップ・スリー」が、より明確な「主役」になった、危険なカウンターをブチかましはじめるんだ。
もちろん、ボールを奪い返したマリノス選手たちのアタマのなかにも、そんな「共通の攻撃イメージング」が描写されていたはず。
そう、ヤン・マテウス、エウベル、そしてアンデルソン・ロベスという「トップスリ-」の活用。
彼らが繰り出す、両ウイングの、パスや高速ドリブル、アンデルソン・ロベスの「ポストプレー」やパワフル個人プレーなどを駆使したカウンター。
そこには、とても危険なニオイが、プンプンしていたんだ。
でも、サンガ選手たちは、何度か、そんな危険なカウンターの流れを体感しながら・・
マリノスの意図を、サンガ選手たち自身が察知し、それに、効果的に対応してしまうんだよ。
何といっても、京都サンガは、チョウ・キジェに鍛え上げられたチームだからね・・
わたしは、そんなサンガの強者どもが魅せた・・
自身で考え、判断し、勇気をもって、攻守のリスクにもチャレンジしていく、主体性プレー姿勢に、いたく感じ入っていた。
サスガに、チョウ・キジェだ・・ってね。
選手たちは・・
「上」からの強烈な「刺激」だけで、「全力を尽くして動く」ワケじゃない。
彼らが、本当の意味で、主体的に、攻守にわたって「フルパワーで闘えるかどうか」は、結局は、彼らの「意識と意志ポテンシャル」にかかっているんだよ。
彼らは、ロボットじゃないからね。
もちろん監督は、メンバーを選ぶ「権利」は、有している。
いや、彼らの権利は、「ソレだけ」ってのが、ホントのところなんだ。
でも、それをバックボーンに、脅したり、強権を発動したからといって、選手たちの「主体性」や「意識と意志ポテンシャル」が、限界を突き破るところまで高まるわけじゃない。
それが、サッカーチームが「生き物」だっていわれる、所以。
わたしが、よく使う、心理マネージメントという表現・・
それは・・
あくまでも、選手たち自身の「自覚や覚悟のポテンシャル」を、限界まで「高められるかどうか」という、「心をあつかう仕事」のコトなんだ。
そう、その意味で、サッカーチームも、一般社会と、まったく同じように、心理・精神的バックボーンメカニズムのなかで(!?)、回っているんだよ。
その視点で・・
チョウ・キジェは、ホントに優れた心理マネージャーなんだ。
そして、このゲームでの、チョウ・キジェ京都サンガは・・
前述したように、イニシアチブでも、勝負の流れでも、数的優位という「難しいゲーム状況」を、活用し「切れて」いた。
ホント、相手レッドカード(数的優位)というアドバンテージを、うまく結果に結びつけるのは、難しいんだよ。
でも、今日のチョウ・キジェ京都サンガは、攻守ハードワークとリスクチャレンジに、素晴らしい「主体性の意識と意志ポテンシャル」を、注入しつづけられていた。
だからこそ、そのアドバンテージを、活用し切れた。
実際・・
ゴール機会という視点じゃ・・
原大智やラファエル・エリアスなどが、何度も、決定的ゴール機会を創りだし、この二人のゴールで、勝ち切った。
とても立派な勝利だった。