My Biography(42)_アパートの隣人ヨーコさん(その2)
■ヨーコさんが働くお店・・
とても興味があった。ヨーコさんのハナシから、2代目と、その父親である先代のドイツ職人の考え方や感性に、とても興味があった。
だから、一度だけ、彼女の店へ出掛けたことがあった。
「明日ですが、ヨーコさんは店にいますか?・・よかったら、ランチでもいかが?・・私が、店まで行きますから・・」
「そうね~・・いいわよ・・それじゃ、午後の1時頃に店に来てくれる?」
ハナシはすぐにまとまった。でも私は、約束よりも30分近く早く、ヨーコさんの店へ到着した。実は、2代目がどんな人なのかを感じてみたかったんだよ。
でも、私が到着したときの店頭には、女性の売り子の方しかいなかった。その店だけれど、展示の仕方、パンやケーキの種類も含めて、まったく普通だ。
普通といったのは、昔ながらの「やり方」を受け継いでいるという意味だ。
新しい顧客を開拓しようとする姿勢など微塵も感じられず、地元に根ざした「オラが地区のパン屋(ケーキ屋)」を守り抜く・・といった雰囲気なのだ。
手に職を持つことを重要視するドイツのことだから、たぶん、業種によって、それぞれの地域内の店舗数を制限している(いた!?)はず。そう、昔ながらの固定客がついている個人商店。
(大規模資本による!?)過度の競争や独占を抑え、伝統的な(個人商店による)小売りビジネスを維持するという価値観(政策)の方に重きを置く保守的な社会!?
まあ、その頃は、そうだったよね。私が留学していた当時のドイツは、様々な意味で、とてもバランスの取れた(保守的な!?)社会だったということなのかもしれない。
だから、職人の方々も、(保守的に!?)自分たちは社会を支える存在だという意識を強くもっていたということか。
■2代目・・
「アラ~・・もう来たんだ・・それじゃ、少し待っていてもらっていいかしら・・」
売り子の女性が、私が日本人だと聞き、気を利かせてヨーコさんを呼びにいってくれたのだ。私は、そんな展開も意図していた。そうすれば、2代目にも、ヨーコを男が尋ねてきた・・ということが耳に入るに違いない。
そして、案の定・・。
ヨーコにつづいて、2代目が、店の奥から顔を出した。
背丈は、私と変わらない(185センチは超えている)。でも細く、ヒョロっとした感じだ。顔つきは、まさに典型的なドイツ人。全体的に細面で、鼻も細くて長い。髪は、茶褐色。太い眉毛と一体になった感じの奥まった目は鋭く、唇は、ないに等しいほどの薄さである。
表情が豊かじゃないこともあって、ちょっと冷たい印象が残る。年齢的には、ヨーコさんが言っていたように、まさに30代半ばそのままといった感じだ。
個性などは、まったくと言っていいほど感じられない。まあ、ごく普通のドイツ人といったところかな。彼については、それ以上の表現を見いだせない。
「どうも初めまして・・」
そう差し出した私の手を軽く握り、「今日は・・」と、低い声で、短く挨拶を返してきた。暗~い雰囲気じゃないか。
オーナーがこれじゃ、店の雰囲気だって明るくなるはずがない。
彼と話しているなかで目立った個性を感じなかったのは、その表情や言動に情緒的な変化がなかっただけじゃなく、彼の方から積極的にコミュニケートしようとしなかったこともあった。
私が、外国人で、彼よりも一回りも若いにもかかわらず、自分から話題を切り出したりせず、私からのアプローチを待っているだけなのだ。それも、注意深く・・。
■ランチを食べながら・・
「そう・・ユアサさんも感じたのね・・そうだろうね・・彼は、劣等コンプレックスが強いんだよ・・学歴に対するコンプレックスだけじゃなく、もしかしたら、自分の職業に対してもコンプレックスを持っているのかもしれないわね・・」
ヨーコさんとランチを取りながら、すぐに2代目の話題になった。
「彼は、ユアサさんが学生であることも、私が日本で大学を卒業していることも知っているからね・・ドイツじゃ、大学のステータスは、日本の比じゃないんだよ・・」
「えっ!?・・でもドイツじゃ、職人さんのステータスは高いんでしょ?・・だから、どんな職業でも国家試験がある・・ボクは、日本で、そういう知識を仕入れてきたんだけれど・・」
「あははっ・・そう、建前的にはネ・・」
そう言うと、ヨーコさんは、食後のコーヒーをすすった。場所は、「インビス」と呼ばれる、立ち食いに近いファーストフード店だ。
私は、焼ソーセージに、ポンフリーツと呼ばれるフライドポテトを食べた。ヨーコさんは、サラダボールと、シンプルな黒パンだった。
ヨーコさんがつづける。
「もちろん、職人としてのプライドが高い人たちも多いよ・・ドイツは、まあ教育が、その方向にあるということなんだろうけれど、カネや地位で人の価値をはかったりすることは、比較的少ないからね・・その意味じゃ、たしかに、シリアスな哲学の北国だよね・・」
「だから、職人でも、今はまだ、人々から尊敬されている人も多いんだよ・・でもサ、社会が変化しているし、人々の価値観も変わってきているからね・・」
たしかにドイツでは、社会的な地位やステータスが高い人ほど、職業とは関係なく、人間性などで人を判断しようとする傾向が強い(強かった!?)。
そして、もちろん、そのような態度の人ほど、尊敬される傾向が強い(強かった!?)。でも・・
そう、ヨーコさんの店の2代目オーナーは、(当時でも!)規格外の人間性のようだった。
■劣等コンプレックス・・
「彼は、そのコンプレックスがあるから、私に辛く当たっているんだと思うのよね・・一度なんか、大学を卒業したのに、こんなことも知らないのか・・と か・・アタマの良いヤツには、直感力が大事なパン屋は向かないんだぜ・・なんて、ワケの分からないコトまで言われちゃったわよ・・」
「そんなとき、ヨーコさんは、どのように反応するの?」
「あははっ・・もちろん冷静に、誠意をもって優しく、私の考え方や心情を説明するわよ・・でも、まあ、感情的な言動は、受け流すようにしているわね・・もちろん、無視したら余計に怒り出すから、適当におだてたりしてね・・」
ヨーコさんは、手に職を持とうとする自らの意志に対して、強烈なプライドと自信をもっていた。だからこそ、2代目の理不尽な言動にも、余裕をもって対応できていた。
「そうなのよネ・・私は、自分の生き方に誇りをもっているのよ・・自分がやりたいことについて100%の確信をもっているっていうかサ・・先代のオトーサ ンも、そのことについて、ヨーコの生き方や考え方は立派だなんて言ってくれる・・でも2代目は、先代のオトーサンの、そんな態度も気に入らないらしいの よ・・フ~~ッ・・」
「あっ・・さっき、パンやケーキ職人であることに対してもコンプレックスを持っているかもしれないって言ったけれど・・それって、もしかしたら先代に対す るコンプレックスなのかもね・・先代は、職人としても優秀だし、人間性でも光っていたから、馴染みのお客さんも、何かといったら先代の方を立てていたから ね・・」
自分という存在が、十分にレスペクトされず、必要とされていないかもしれないという(!?)劣等コンプレックス。
たしかに、そのことで深層心理が歪んでしまった人は、とても攻撃的になるだろうし、その意味で、危険な存在にもなりかねない。
もしかしたらドイツは、そんな人間心理の微妙な(不満が蓄積されていく!?)メカニズムを深く理解しているからこそ、意図して、マイスター制度など、人々 が、自分の社会的な立場に対してプライドと存在意義(生き甲斐!?)を感じられるような「心理ベース確立システム」を作りあげたのかもしれない。
「哲学の北国」の面目躍如!? さて、どうなんだろうね~・・。
■そしてヨーコさんは、マイスターとして旅立っていった・・
その後ヨーコさんは、ドイツの国家試験に合格し、晴れて、パンとパティシエ職人としてのマイスター称号を取得した。
彼女が、様々な困難を乗り越えたことを体感していた私は、敬愛する彼女の成功を、心の底から喜んだものだった。
そして、後々ヨーコさんのことを思い出すたびに、人の成功を心から喜べることの背景(心理)メカニズムと、だからこその幸せについて考えさせられることになるわけだ。あっと・・蛇足。
聞くところによると、「あの」2代目も、職人としての自信を深めるにつれて(それは、ヨーコさんの解釈ではあったけれど・・)、彼女に対しても、徐々に優しく接するように変化していったという。
でも私は、2代目の自信(社会での自分の存在意義に対する確信!?)が深まったという事情もあったんだろうけれど、それ以上に、ヨーコという一人の女性に対する敬意が深まったからに他ならないと思っていた。
とにかく、彼女もまた、私の、女性に対する「自然な敬意」の大きな心理ベースだった。
そして今の私は、帰国した彼女が、どのように男性を「解放」したのか、大いなる興味をもっているというわけだ。