My Biography(33)_親しいドイツの友人たちは、ほとんどサッカーを通して知り合った

■ケルンでの「最初の2週間」のことは、よく覚えている・・

前回ストーリーで「日常生活」を書いているうちに、文章(内容)が冗長になってしまったように感じる。また、「時間軸」も錯綜しちゃったし・・。

もちろん書き直したりはしないけれど、「気持ちよい日常」を作りあげるまでには「こんなコトがあったし、あんなコトも考え、学んでいた・・」などといった、プロセスに関するちょっと固めの主張を前面に押し出し過ぎてしまったと思うのですよ。

とにかく、もっとリラックスし、自分自身も楽しんで書かなければいけない・・と、反省しきりの筆者だったのであ~る。あははっ・・

あっ、そうそう、フランク通りにある(ハウスナンバー11の!)アパートに入居してからの最初の2週間のハナシだった。そこでは、気の滅入ることの方が多かった。

何せ、サマーバケーション時期だったから、具体的な留学アクションを起こせるわけでもないし、メンザ(学生食堂)も閉まっていたから、三食とも、自分で何とかするしかなかったんだ。

毎日、硬い(黒)パンを切り、バターを塗って、ハムやチーズをはさんで食べた。それも、スーパーマーケットで(店員と話す必要のない!?)最初からパッケージされているヤツだ。そう、三食とも、そんな「コールド・ミール」ばかりだったんだよ。

たしかに、ストリート(草)サッカーの仲間に入れてもらったときは楽しい時間を過ごしたけれど、コト食事については、来る日も来る日も、パンばかりってな体たらくだった。もちろん、金のかかるレストランでの外食などできるはずがない。

そこで1週間が経った頃から、一念発起し、ストリート(草)サッカーを「発見」した大学キャンパス周辺の散歩だけじゃなく、ケルンという都市の探索もはじめることにした。アパートの部屋に根を生やしていては、悶々とするばかりだからね。

ガイドブックに載っているケルンの見所を探り、市街地図と首っ引きで市電やバスを乗り継いで遠出することにしたのだ。

大聖堂やショッピングストリート、博物館や美術館、マーケット広場(Neu-Markt)、日本の文化会館、ライン川と河岸の公園、市の森と、その中にあるケルン体育大学、メッセ(博覧会場)、地ビール醸造所、オーデコロンの元祖「4711」等など・・。

それは、楽しかったし、ハッピーな気分にもなれた。そんななかで、安く、簡単に「温かい食事」で空腹を満たせる術(すべ)のあることに気付いた(思い出した)んだ。

そう、ケルンを歩き回っているうちに、焼ソーセージの屋台やら、ピザやら、トルコやギリシャ料理やら、安くて美味しい「立ち食い処」があることを思い出したんだ。

・・そういえば、以前ドイツを旅行したときもお世話になったんだっけ・・どうして、そのことを失念していたんだろう・・余裕がなかったから!?・・それで、部屋にこもって、パンだけで腹ごしらえをしていた!?・・フ~~、だらしない・・

とにかく、それからは、大学周辺の立ち食い処をハシゴするようになったんだ。そこでは、ケルンに住むイタリア人やギリシャ人、トルコ人とも顔なじみになったっけ。

そうこうしているうちに、やっと大学が夏休みモードから本格的に息を吹き返しはじめたんだよ。もちろん待望のメンザ(学生食堂)もオープンした。

そしてドイツ語コースや、1.FC.Kölnアマチュアチームへのチャレンジなど、本格的な留学アクティビティーが、順次スタートしていくことになったというわけだ。

まあ、1.FC.Kölnアマチュアチームへのチャレンジが、ドイツでの最初の「失意体験」につながったことは、以前のストーリーで書いた。

そして、10月も半ばを過ぎたあたりで、ウリとめぐり会った「FCユンカースドルフ」でお世話になることになったというわけだ。

■友人は、ほとんどがサッカー関係だった・・

FCユンカースドルフ。そこでは、多くの人にめぐりあった。

ウリはもちろんのこと、会長のハンブーシュン、前にも(トレーニング初日のミーティングで!)登場したヘルムート、選手兼監督のヘルベルト、天才肌のハインツ等など、ユンカースドルフでは、本当に色々なヤツらと知り合いになったっけ。

そこは、職業(社会的立場)も色々、性格も色々、何でもかんでも千差万別ってなヤツらが、唯一、サッカーというスポーツを中心に集まってくるっちゅう構図だった。

まあ学生がマジョリティーではあるけれど、なかには、スーパーマーケットの経営者がいたり、学校の先生がいたり、優秀な建築デザイナーがいたり、バーテンダーがいたり、工事関係者(とび職だったかな)がいたり、市電の運転士がいたり、失業者がいたり・・。

でもサッカーがはじまったら、そんなことは、まったく関係なくなるというわけだ。

そう、サッカーは、人類史上最高パワーを秘めた、異文化接点なんだよ。

あっと・・、またまた分かりにくい表現になった。

私は、いつもその表現を使うのだけれど、人と知り合ったり触れ合ったりするときのキッカケ(共通の話題)として、サッカーほどのパワーを秘めたモノはないと思っている。

この「異文化接点のサッカー」というテーマについては、昨日アップした、「The Core Column」の「このコラム」を参照してください。

そこでテーマになった「共通の話題」だけれど、それには、趣味や仕事、家族のこと、地域社会環境(政治や経済!?)のこと、等など、星の数ほどある。

でも、そんな共通の話題のなかで、サッカーほどのパワーを秘めたモノはないと思うんだよ。

ユンカースドルフでも、そうだった。

サッカーフィールドで、お互い「素っ裸」でボールを追うんだからね、日常の生活にもどってから「着飾っても」仕方ない。

■スーパーマーケットオーナーのカールハインツ(カレ)・・

カレ(カールハインツの略称)というチームメイトがいた。

チーム内では年長者だ。たぶん30代の後半。ポジションは、センターバック。とても頼れる守備の重鎮だ。

とにかく、経験に裏打ちされた「予想するチカラ」が並外れていた。彼は、相手がやりたいコトを的確に「読み」、その芽を素早く、効果的に摘んでしまうんだよ。

そのカレだけれど、ケルン郊外にあるスーパーマーケットのオーナーだった。オヤジがはじめた店を、カレが受け継いだということだったらしい。

一度、彼の自宅に招待されたことがあった。

そのときカレは、まず、スーパーマーケットを案内してくれたんだけれど、すぐに、従業員の方々から、とても敬意を払われていると感じたものだ。

ドイツ人だからね、立場や肩書きなどをベースに敬意を払ったりしない。たぶん、カレは、人間的にも周りから敬愛される存在なんだろうな。

そういえば、そのとき、こんなこともあったね。

「店長!・・あそこの展示のやり方ですが、とても分かりにくいですよね・・私は、その商品を入れ替えた方がいいと思うのですが・・」なんて、ある女性店員の方が言い寄ってきたんだよ。

いや、たぶん、「そんなこと」を言ったと思う・・ということなのですが・・ははっ・・。

その、ギャビーという女性店員の主張に対して、カレが、こんな反応をしたんだよ。もちろん、そのときのやり取りについては、後からカレが説明してくれたんだけれど・・。

「ギャビー・・アナタが言いたいことは、良く分かりました・・でも、ここで私が判断して、展示のやり方を変えちゃったら、それを決めたルディー(男性のフ ロアマネージャー)が面目を失うでしょ・・とにかく、まず彼と直接話すことが先決だね・・私は、そこで話し合われて(あなた方が)決めたことについては、 それを尊重しますから・・」

カレは、従業員の方々の自主性を、とても尊重している。彼は、人こそが、もっとも大事な資産だという「メカニズム」を、よく分かっているんだろうね。

それって、サッカーでも、まったく同じなんだよ。

試合がはじまってしまえば、監督ができることは限られているからネ。後は、選手たちに任せるしかない。だからこそ・・ってなことだね。

後から説明を聞き、カレの人心掌握術に、なるほどと頷くことしきりだった。

「オレさ・・オヤジから、従業員のモティベーションがもっとも大事なんだって叩き込まれたんだよ・・そのことについては、サッカーからも学んだしね・・一番大事なのは、オレたち選手の意志ってコトだな・・」

その日、カレのファミリーに招待されたんだけれど、そこでの美味しいディナー(そして彼らとの会話)を心から楽しめたことは言うまでもない。

ウリやカレだけではなく、ユンカースドルフには、面白いパーソナリティーが目白押しだった。

次のストーリーでは、クラブだけじゃなく、私のアパートの隣人たちも紹介できればと思っている筆者なのです。