My Biography(30)_ウルリッヒ(ウリ)・ノイシェーファー(その5)
■クナイペという最高のコミュニケーション機会・・
日本には、このタイプの飲み屋は、あまりないだろうね。まあ、最近になって見掛けるようになっているらしいけれど。
要は、立ち飲みのビールバーってな感じかな。狭い空間に、客がひしめき合うように立ち飲みしているんだよ。
カウンターには、マスターがいたり、看板娘がいたり。とにかく、狭い空間に、多くの立ち飲み客が肩を寄せ合っている・・っていう感じなんだ。
不思議なことに、ひしめき合っていないようなクナイペには、人が入らない。そして、アソコには人が集まるぜ(!?)ってな情報が飛び交うっちゅうわけだ。
・・あのクナイペは、混んでいるぜ・・あっと、火曜日と木曜日がいいかな・・その他のウイークデイは、全然スカスカだよ・・等など・・
そんな風に、客が肩を擦り合わせると何かが起きる。
そりゃそうだ。自分の顔のすぐ横に、隣の人の顔があるんだから。
もちろん異性のハナシだよ。そりゃ、目だって合うさ。そして、短く言葉を交わすなかで、互いに興味をそそられたら会話がはじまるっちゅう具合。
この、最初の「短い言葉のやり取り」が勝負なんだよ。
もちろん男の側のハナシだけれど、そこで、いかに相手(女性)の興味を喚起できるかが分かれ目というわけだ(もちろんゲイの人たちには専門のクナイペがあるよ・・念のため)。
とはいっても、私が、クナイペで女性と、気の利いた会話を「始められる」ようになるまでには、ある程度の時間が必要だった。まあ、いまでも、それなりのキッカケ(ツキ)は要るけれど・・ネ。
でもウリは、このコトに関しては、とても才能があった。あははっ・・
■そのクナイペは別世界だった・・
ウリは、学生のなかで飛び交っている情報を握っているから、どのクナイペへ行くのかは、もちろん最初から決まっていた。
「今日はサ、あの店がいいな・・アソコだったら、客があふれているはずだ・・」なんてネ。
それは、私がケルンに到着してから3カ月ほど経った頃の出来事だった。
アパート探しや学生登録を無事に終え、日常の(アパート&サッカー)生活と、ドイツ語講座を「自分のモノにしていく作業」のなかで、手探りながらも、徐々にポジティブな「体感」を積み重ねられるようになった時期だった。
もちろん、1.FC Kölnアマチュアチームでの失敗という苦い経験はあったけれど、それさえも、(チャレンジしたからこそ!!)ポジティブなモノだったと考えられるようになっていたんだ。
でも、ことクナイペに関しては事情が違った。
お恥ずかしながら、そんな(タイプの!?)クナイペにめぐり会ったことなど、そのときまで全くなかったのだ。まあ、夜に、一人でビールを引っかけに行ったりするヒマと元気が足りなかったこともあったけれど・・ネ。
とはいっても、もちろん何度かは、近所のクナイペに入ったことはあるよ。
でも私が入ったときは、例外なく、数人の客が、例のケルッシュ(ケルンの地ビールで、細長い円柱形のグラスで飲む!)」を片手に、眉根にシワ寄せる「哲学顔」をしながら、たたずんでいるっちゅう構図の店がほとんどだったんだ。
そうそう・・、私がケルンに到着した最初の夜に入った、ステーションホテル1階のクナイペみたいな感じ。
それじゃ、面白い(楽しい)ことなどあるわきゃない。だから、クナイペへ行くよりも、ドイツ語を勉強していた方がいいし、サッカーに打ち込んだ方がいい・・なんて思っていた。
でも、ウリに連れられていった「そのクナイペ」は、まさに別世界だったんだよ。目を丸くして、「こんなところがあったんだ~・・」なんて驚かされたことを思い出す。
そんな私を観ながら、ウリが面白そうに、「なんだ・・クナイペに入ったことないのか?」なんて聞いてくるんだよ。
「そんなことはないよ・・これまで何度かは入ったことがある・・でも、こんなに混んでいるところは初めてなんだ・・」と、私。
「そうか・・そりゃ、ビックリしただろう・・エッ!?・・オマエ、自分のアパートの近くにあるクナイペにしか入ったことがないって!?・・オレも知っているけれど、アソコはダメだよ・・オレ達は、爺さん婆さんクナイペって呼んでいるんだぜ・・」
「でもここは、まったく違うんだ・・まあ、学生のなかで情報が流れているからだけれど、ウワサを聞きつけたヤツらが集まってくるというわけサ・・まあ、火曜日と木曜日だけだけれどネ・・」
「フ~ン・・」と、私。
後で分かったコトだけれど、ウリにとっても、私のようなエキゾチックな友達と連れだっていくことには、メリットがあったんだよ。
■ウリの「ダシ」に使われて・・あははっ・・
「こんなに沢山の人が集まってくるクナイペは多いのかい?」
「いや、そんなに多くはない・・もちろん、旧市街や大きなスクウェアの近くにあるクナイペは、いつも混んではいるけれど・・」
「あっと・・もちろん大学の近くにあるクナイペも、いつも学生で混んでるよ・・でも、そんなクナイペには、学生しかいないだろ・・でも、ここは違う・・女 子学生だけじゃなく、オフィスレディーなんかも多く集まるんだよ・・それが、いいんだ・・男も女も、期待することは同じだからさ・・」
そこは、男女が知り合う機会を提供してくれる「場」というわけだ。見合いというシステムがないドイツでは、パートナーは、基本的には自分で探すしかないからね。
だから、こんな「タイプ」のクナイペとか、ホームパーティーや学生パーティー、また職場パーティー、地域コミュニティーや地域のクナイペが主催するパー ティーとか、クラブが主催するパーティーとか、とにかく彼らは、互いに知り合ったり、紹介し合ったりする「機会」を積極的に作りだそうと努力するのだ。
そういえば、昨年(2013年)の夏、ブラジルで開催されたコンフェデレーションズカップを観た後にドイツへ立ち寄ったときも、友人の大規模サマーパーティーに招待されたっけ。
そのときのことについては、こちらの「写真入りコラム」も参照してください。ブラジル(リオ・デ・ジャネイロ)を出発するまでの「冷や汗エピソード」も含めて、チト面白いかも・・。
あっと、ウリと入ったクナイペでのハナシだった。
人混みのなかに押し入り、ひとしきり二人で話した後、ウリが、ビール(ケルッシュ!)を注文するために、カウンターへ向かった。もちろん、人垣をかき分けながら・・ネ。
そんなだから、途中で、他の客と言葉を交わすのも自然の成り行きだった。
「ちょっと、ゴメン・・」とかね。もちろん、客の誰もが、そんな機会を期待している。
そして、カウンターに到着する手前で、人混みをかき分けていたウリの足がピタリと止まっちゃったんだよ。そう、若い美人と話しはじめたんだ。
もちろんウリは、これ以上ないという笑顔で話している。コチラは、そんなシーンを見ながら、「何を話しているんだろう・・そんなコトより、はやくビールを注文しろよ・・」なんてネ。
そして、10分ほどして、やっとウリが帰ってきた。
「さあ、どうぞ・・オマエのケルッシュだよ・・今日はオレのおごりだ・・ところで、アソコの美人・・オレ達が入ってきたときから気になっていたらしい・・ 社長秘書をしているっていうことなんだけれど、とても話しが合うんだよ・・ちょっと、彼女のところにいかないか?・・女友達もいるしさ・・」
「え~~!?・・まあ、いいよ・・」と、私。
もちろん彼女たちも、ビールをチビチビやりながら、こちらへ視線を投げている。そんな雰囲気だから、「ヤダヨッ!」なんて言えるはずがない。
「さっき、ウリが話していたけれど、あなた日本人なの・・??」
彼女たちに近づいたとき、まず美人の社長秘書が私に話し掛けてきた。
「そうだよ・・ヤーパン(日本)にサッカーがあることなんて知らなかっただろ?・・彼は、トウキョウの大学を卒業してからドイツへ留学してきたんだぜ・・」と、ウリが割って入ってくる。
そして、もちろん彼は、私そっちのけで、その美人と盛り上がっちゃうんだよ。
多分ウリは、話し掛けるキッカケとして、オレを連れていった(話し掛けるときのダシに使った!?)ということもあったに違いない。
そりゃ、190センチもあるアジア人(オレのことだよ!)が一緒だから、我々二人が目立たないはずがない。
今そのことを問いただしたとき・・
「エッ!?・・覚えてないな~・・でもサ、オレは、ケンジをダシに使うなんて不誠実なことをする人間じゃないぜ・・ヘヘッ・・」なんて、とぼけるんだ。
フンッ・・。
■コミュニケーションは、共通の話題を見つけるところから・・
ということで私は、その社長秘書の女友達と話しはじめたのだけれど、うまく会話が進まない。すぐに話題に詰まってしまうんだよ。
最初は英語で話し合っていたんだけれど、その女友達は、英語が得意じゃなかった。でも、私の拙(つたな)いドイツ語じゃ、スムーズに会話が盛り上がっていくはずもない。
そんなだから、すぐに会話の雰囲気が沈滞してしまうのも道理だった。
だらしないけれど、仕方ない。でも・・
そう、その彼女が、何気なく一つのキーワードを口にしたんだよ。もちろん、サッカー・・
「アナタ、ドイツに、サッカーを勉強するために来たんだって?」
そこからは、意を決して、ドイツ語で話すことにした。
「そうだよ・・いまドイツは世界チャンピオンだし、コーチの養成システムでも世界一だからネ・・」
「へ~・・そうなんだ~・・2年前にココで行われたワールドカップで勝ったことは、何となく知っていたけれど、コーチの育成でも進んでいるんだ~・・まったく知らなかった・・」
「えっ!?・・西ドイツが、母国のワールドカップに勝ったことを、何となく知っていただけだって!?・・ボクは、日本のテレビで観戦していたんだけれど、 あのスタジアムの盛り上がり方だからね、全てのドイツ人が熱狂していたに違いないと思っていた・・だから、キミのような、地元開催のワールドカップに興味 がないドイツ人がいるなんて、思ってもみなかったんだよ・・」
「そうなの!?・・たしかに、ワールドカップのときは、仕事にならなかったわよね・・職場の人たちは、みんな仕事そっちのけでテレビにかじりついていたしね・・でも私は、サッカーにまったく興味がないし、仕事にもならないから、仕方なく本を読んでいたっけ・・」
「それでも、西ドイツが決勝まで進んだときは、少しは気になったんじゃないの?」
その頃のドイツ語だからね、とにかく、ゆっくりだし、使う言葉も簡単なモノばかり。それに、話し方だって、単語を羅列するだけになっちゃうこともあった。
ここまで、私のドイツ語での話し方が、ちゃんとした文章だったように書いたけれど、実際には・・
「でも・・西ドイツ・・決勝へ行く・・喜こぶ?・・」
語尾を上げれば、何となく質問的な感じの表現になるよね。とにかくそのときは、そんな感じの話し方になっていたと思う。そう、たしかに幼児言葉・・。
でも私にとっては、話題がサッカーになったから、正しいドイツ語をしゃべるよりも、内容の方が大事だった。
もちろん、相手が理解できることが原則だけれど、そのとき私は、文法的に正しい文章を話すよりも、内容を伝えることの方が大事だと感じていたんだ。
■本音の会話と、建て前の言語・・
そのときはまだ、幼児言葉になってしまうことが、イヤで、イヤで仕方なかった。
まあ、それも、次元の低いプライドだったということかもしれない。
でも、ウリとは、クルマのなかで話しているときから、正しいドイツ語をしゃべることに「こだわろう」とする気持ちが緩んでいったことを思い出す。
正しいドイツ語をしゃべるよりも、相手に、自分の考えが伝わることの方が大事だと思えるようになったんだよ。
そして、クナイペで知り合った彼女との会話でも、サッカーが話題になった瞬間から、質問も含めて、自分の思うことを伝えたり、彼女が話す内容をしっかりと理解するコトの方が重要になった。
私は、何故その彼女がサッカーに興味を持っていないのか、そのバックボーンが知りたかった。家族や友人たちだって、その多くがサッカーファンだろうに・・。
だから、自分の言葉が、ちゃんとした文章になっていなくても気にならなくなっていたんだ。単語の羅列でもいい。とにかく、自分が思うところや知りたいことを、彼女に理解してもらうことの方が大事だった。
そう、そうなんだよ・・。
いま考えたら、ウリや、その彼女との会話が、本音のコミュニケーションの何たるか・・を、明確に意識しはじめるキッカケになったと思えてくる。
そのときから、自分が伝えたい内容を、言葉だけではなく、ジェスチャーなど様々な手練手管を駆使して(気持ちを込めて!)表現するコトの方が、文法的に正しいドイツ語を使いこなすよりも、何倍も大事だと思えるようになったのかもしれない。
もちろん、大学の語学講座では、文法的に正しいドイツ語をしゃべることがプライオリティーだった。そうでなければ、ドイツ語のテストに合格できるはずがない。
でもサッカークラブでは、サッカーという本音の世界だからこそ、本音でコミュニケートするしかなかった。
そりゃ、そうだ。サッカーをプレーするフィールドの上では、互いの自己主張がぶつかり合うわけだからね。
そんな「刺激」もあったけれど、いま考えると、その「心理メカニズム」を自覚する明確なキッカケになったのが、ウリや、その彼女との「コミュニケーション」だったと思えるんだよ。
とにかく、そのときから、「本音と建て前・・」というか、本物コミュニケーションを交わすための実践的なドイツ語と(表情やジェスチャーも!)、試験やレポートなどで使う、文法的に正しい(カタチにこだわる!?)ドイツ語を分けて捉えられるようになったと思う。
ちなみに、そのときクナイペで知り合った彼女が言うには、彼女の周りでサッカーファンだったのは、ごく限られた数人だけだったらしい。だから彼女も、サッカーに興味が湧かなかったということだった。
そのとき初めて、いくら、世界を代表するフットボールネーションの一つ(ドイツのことだよっ!)とはいっても、まったくサッカーに興味のない人々もたくさんいるという事実を認識させられた。
それは、それで、とても新鮮な驚きだった。