2024_アジアカップ(5)・・イラクがブチかました極限の「闘う意志」に、敬意を表しましょう・・それでも私は、この結果を、どちらかといったら、ポジティブに捉えているんだけれど・・(イラクvs日本、2-1)

ふ~む・・

たしかに、全体的なサッカーの「質」では、森保一ジャパンに一日の長がある。

とはいっても・・

イラクが魅せつづけた、レベルを超えた「意志の闘い」にも、敬意を表さなければいけない。

彼らがブチかましつづけた・・

特に、ボール奪取プロセス(守備)での、強烈な「闘う意志」とハードワークには、彼らの歴史的なバックボーンさえ感じられた。

その、攻守ハードワークとリスクチャレンジを引っ張る「意志のパワー」だけれど、さすがに、昨年のガルフカップ勝者(中東チャンピオンチーム!)だと、思った。

その「意志のチカラ」・・

そこには、「中東」が内包する、歴史に根ざした(!?)何らかのバックボーンさえ、感じられたモノさ。

特に・・

ボール奪取プロセス(守備)における忠実な「寄せ」と、周りのマーキング&カバーリング、そして、局面デュエルでのスキルとダイナミズム。

また、スペース攻略プロセス(攻撃&仕掛け)では、ボールがないところでのアクションの量がハンパなかった。

そう、チャンスを感じたら、どんなに「遠く」ても、必ず、1人や2人が、相手ゴール前まで押し上げているんだよ。

そのレベルを超えた忠実さの背景には、「評判が一回り高い森保一ジャパン」に対する強烈な「対抗心」と、地元パワーがあったんだろうね。

とはいっても・・

スペース攻略プロセス(攻撃&仕掛け)での、人とボールの動きと「優れたリズム」という視点じゃ、森保一ジャパンに一日の長があるのも、確かな事実なんだよ。

彼らは、その「動きベース」で、何度かは、イラクの裏スペースを攻略していった。

それでも、「最後の勝負の瞬間」での、イラクがブチかました意志のポテンシャルによって、そんなチャンスを、繰り返し、はね返されつづけたんだ。

そして結局、先行された「2点」に追いつくことは叶わなかった。

ところで、久保建英。

彼が、イラクに「マーク」されるのは、分かり切っていたハズ。

だからわたしは、久保建英が、例によっての「美しいワンタッチ・コントロール」から、シンプルなタイミングでボールを動かすと期待していたんだ。

もちろん、ダイレクトパスを織り交ぜた組織コンビネーションも、含めてネ。

でも、このゲームでの久保建英は、ボールを「こねくり回すシーンが目立ってしまった。

彼のトコロで、ボールの動きが、少しだけ停滞する傾向に「陥って」しまったんだよ。

それじゃ、周りの「人の動き」だって加速しないし、イラクにとっても、「そこ」に人を集中させられるわけだから、有利にコトをはこべる。

どうも彼は、まだうまく、森保一ジャパンでの「プレーリズム」を確立できていないのかも知れない。

それに対して、南野拓実。

このゲームでも、攻守にわたって、しっかりとした組織プレーに徹していた。

そう、彼は、人とボールの動きの「加速装置」として、とても効果的に機能していたんだ。

とにかく、この試合での森保一ジャパンは・・

イラクが魅せつづけた、強烈な意志に支えられたボール奪取プロセス(守備)の勢いを、うまく「いなして」いけなかったんだよ。

もちろん、「あの強烈な意志」を放散するイラク選手たちが、ブロックを「固める」んだから、簡単じゃない。

だからこそ森保一ジャパンは、より軽快に、人とボールを動かさなければ、いけなかった。

もちろん、久保建英や南野拓実、浅野拓磨や伊東純也といった「個の才能」連中も、なんどかは、個人勝負での突破は、魅せたけれど・・

「それ」が、うまく、最終勝負につながるコトは、希だった。

そんな森保一ジャパンを観ながら・・

わたしは、ボールがないところでのアクションの量と質に、課題があったと感じていた。

要は、イラク選手たちの「強烈な闘う意志」が、日本選手たちの「足」を、少しだけ、ほんの少しだけ萎縮させていた(!?)と感じていたっちゅうコトなんだ。

そう、最終勝負シーンにおいて、決定的な「ボールがないところでのアクション」を起こすためには、常に「エイヤッ!!」ってな感じの「意志の爆発」が必要なんだ。

普段の森保一ジャパンでは、そんな「意志の爆発」のオンパレードなんだ。

でも、この試合では、そんな「意志の爆発」が、イラク選手たちの「強烈な抑制ダイナミズム」によって、封じ込められてしまった!?

やっぱり、不確実なサッカーは、究極の「意志のボールゲーム」なんだよな~・・。

さて次は、グループリーグ最終戦のインドネシアとの闘い。

わたしは、森保一ジャパンが、少し「追い込まれた」コトを、どちらかといったら、ポジティブに捉えているんだけれど・・