The Core Column(6)__世界トップとの「最後の僅差」・・その本質
■2年つづいたブラジル戦・・貴重な学習機会・・
フ~ッ・・まあ仕方ない・・
2013年6月。1年後にワールドカップを控えたブラジルで、コンフェデレーションズカップが開催された。
その開幕戦。
アジアチャンピオンとして参加した日本代表は、首都ブラジリアでホスト国ブラジルと対戦し、「3-0」という完敗を喫した。
内容的にも、ブラジルとのチカラの差は歴然。その数日前、中東ドーハでW杯予選の最終マッチ(イラク戦)を闘い、その疲れをぬぐい切れていなかったというマイナス要素を加味しても・・である。
今回は、その背景を考察することで、世界トップとの「最後の僅差」と、その本質を探っていこうと思う。
あっと・・
コンフェデレーションズカップでは、フッ切れた互角の闘いを披露したイタリア戦もあったし、立派なサッカーで対抗したけれど、最後は相手の試合巧者ぶりに脱帽せざるを得なかったメキシコ戦もあった。
ただ、このコラムでは、ブラジル「だけ」を考察の対象にすることで、世界トップとの間に、まだ厳然としてある「最後の僅差」を、より分かりやすく考察できればと思った。
またそこには、2012年10月に、ポーランドのヴロツワフで彼らとフレンドリーマッチを戦ったという経緯もあった。
その試合に関しては、私の「HPコラム」も参照していただきたい。
世界トップクラスのブラジル代表と、2年もつづけて対戦できたのだから、もうラッキーとしか言いようがないわけだけれど、日本代表にとって、この二つの対戦は、ゲーム戦術という視点でまったく別物マッチだった。
その二つのゲームで設定した具体的なターゲットイメージは、まったく違うモノだったのだ。
そして、だからこそ、この二つのブラジル戦をもとに、世界トップとの最後の僅差の本質を探っていこうと思った。
■2012年のフレンドリーマッチ・・
そこでの日本代表は、前述した「HPコラム」でも書いたように、最後の最後まで、人数を掛けて積極的に仕掛けつづけ、何度も、「あの」強力なブラジル守備ブロックの決定的スペースを攻略してチャンスを作りだした。
「オレ達でも、やれるぞ・・」という確信レベルの増幅。それは、それで、素晴らしい成果だった。
彼らは、リスクにチャレンジしつづけたからこそ、世界トップに対して出来ること、そして逆に足りないところを具体的に体感できた。自分たちの、世界のサッカー勢力図における「立ち位置」を、より明確にイメージできたのである。
ただし相手は、世界トップの実力を誇るブラジルだ。
守備ブロックが自然と「薄く」なってしまうような積極的な押し上げ(リスクチャレンジ)に対して支払った代償も、大きかった。
それは、ブラジルがもっとも得意とするカウンター(ショートカウンター)にとって、おあつらえ向きの展開だったのだ。
ブラジルの天才連中は、虎視眈々と、日本の「スキ」を狙い、そして実際に、何度も、必殺のショートカウンターをブチかました。
カウンター攻撃では、個の才能こそが、キー・ファクター・フォー・サクセス(KFS)。
素早い判断と正確無比のボールコントロール、相手守備を引きちぎる超速ドリブル、決定的なパスレシーブの動き、そして複数プレイヤーの勝負イメージが正確にリンクする勝負コンビネーション、などなど。
ブラジルの天才連中が展開した「カウンター・ショー」に、惚れぼれとさせられた。
とにかく、4失点「だけ」で終えられたのは、ツキに恵まれたと言うほかなかった。
■そして、勝負をかけた、2013年コンフェデレーションズカップ・・
そんな2012年のフレンドリーマッチに対し、勝負をかけた2013年コンフェデレーションズカップ開幕戦は、まったく違ったゲーム展開になった。
両チームともに、互いの長所と短所を分析し尽くした「ゲーム戦術」 をベースに、とても注意深くゲームに入っていったのだ。
攻守のバランスを執りながら、注意深く仕掛けていく両チーム。まさに、「ガップリ四つの戦術マッチ」という立ち上がりだった。
ただ、そんな「静的」な雰囲気のなかでも、ブラジルの天才が、一瞬の眩(まばゆ)い閃光を放つのである。そう、ネイマールの先制ゴール。
クロスボールをフレッジが胸で落とし、ネイマールが、間髪を入れないボレーで見事なミドルシュートを叩き込んだ。前半3分のことだ。
その後は、ブラジルが、チカラの差を見せつけるように、ゲームの「全体的な流れ」を支配しつづけ、順当に加点していくのである。後半3分のパウリーニョ。後半ロスタイムのジョー。
たしかに、「協力作業マインド」に長けた日本代表は、組織サッカー的には、ある程度は対抗できていた。
ただ逆に、だからこそ個のチカラの差が際立ち、さまざまな意味を内包する「チーム総合力の差」が白日の下にさらされたのである。
■個のチカラが「有機的」に噛み合うことで、組織の総合力を大きく押し上げるブラジル・・
サッカーのバックボーンには、「ツキ」というアンロジカルなモノは除き、フィジカル、テクニック(スキル)、タクティクス(戦術)、そして心理・精神的なファクターがある。
まあ、フィジカルの差は仕方ないにしても、日本の代表的な強みである「べき」テクニック(≒俊敏な器用さ!?)やタクティクスでも(組織サッカー的にも)明確な差を再認識させられたことには、少なからず落胆させられたものだ。
もちろん選手たちにしても、同じような感覚に苛(さいな)まれていたことだろう。
例えばトラップにしても、正確さと素早さに、まだまだ差がある。
ブラジル選手たちは、どんなボールでも、ピタリと足許に止めてしまう。トラップの瞬間を狙ってアタックしてくる日本選手の「意図の逆」を突くようにボールを「動かし」て置き去りにしてしまう。
彼らは、トラップに「余裕」があるからこそ、周りの状況を、より素早く、そして正確に把握できる。そしてそのことが、次のプレーの「効果レベル」を押し上げる。
また、ドリブルに代表される「個の勝負」でも、ブラジルに一日以上の長があることは明白だった。
もちろん日本だって、香川真司や本田圭佑など、相手のアタックを巧妙にかわして抜き去ってしまうような高いスキルを誇示するシーンや、変幻自在のトラップで相手をかわし、そのままの勢いでドリブル突破に持ち込んでいくような勝負シーンだって魅せていた。
しかし、そのほとんどが「次」に続かない。そんな勝負アクションを、効果的な最終勝負に(シュートへ)つなげていけないのだ。そう・・単発・・
そこでは、ブラジル守備ブロックの力強さと狡猾さ(巧さ)ばかりが目立っていた。
そして日本選手たちは追い込まれ、取り囲まれてボールを失ってしまう。それでは、シュートチャンスまで持ち込めないのも道理。
ことほど左様に、ブラジルは、個の能力でも、組織サッカー(マインド)でも、攻守にわたって日本を凌駕したのである。
チーム力と呼ばれるモノの基盤は、もちろんプレイヤー個々の能力だ。しかし、「それだけ」のチームでは、個人プレーが「ブツ切りに孤立」してしまうだけで、チーム総合力はアップしない。
しかし天才的なプレイヤーたちが、攻守にわたる組織的なハードワーク「にも」効果的に貢献しはじめたら、まさに鬼に金棒。優れた個の能力が、本当の意味で相乗的に増幅し、あり得ないほど素晴らしいチーム総合力となって結実する。
そう、今のブラジルが、まさに、その好例なのである。
考えてみたら、いまのブラジル代表を率いるのは、アメリカワールドカップと日韓ワールドカップを、素晴らしい組織サッカーで制した優勝監督の二人だ。
そう、ルイス・フェリペ・スコラーリと、カルロス・アルベルト・パレイラ。
■そして、戦術的なイメージング能力とアクション能力・・
ちょっと、論が分散して分かりにくくなってしまったけれど・・
・・サッカーの代表的なバックボーン要素は、フィジカルやテクニック(スキル)、心理・精神的な(意志の!)強さなど・・
・・それらが、攻守にわたる「プレーのやり方」についての共通理解ともいえるタクティクス(チーム戦術)という「接着剤」で結びつき、うまく相乗効果を発揮すれば、チーム総合力は着実にアップしていく・・
・・そのことが言いたかった。
スミマセンね、ハナシが込み入ってしまって・・
そして、日本の前に立ちはだかる「世界トップとの最後の僅差」というテーマ。
言いたかったのは、サッカーを形づくる全てのファクターで、日本は、まだまだ時間を必要としているということだ。
もちろん日本は、組織サッカーの絶対的ベースである戦術的な理解と、互いに使い・使われるという「協力マインド」では特に秀でている。
だから、守備におけるアクションの連動性でも、攻撃(その組み立て段階!)における人とボールの動きの量と質でも、かなり高い水準にある。
ただ、攻撃と守備における「最終勝負シーンの内実」という視点では、まだまだ時間が必要だと感じるのだ。
守備の目的は、相手からボールを奪い返すこと。攻撃の目的は、シュートを打つこと。
ゴールを守り、ゴールを奪うというのは、単なる「結果」にしか過ぎない。
その「目的」を達成するための「最終段階」が、まだまだ甘いのである。
私は、攻守にわたる、戦術的な「イメージング&アクション能力」という表現を使うのだが・・
守備では、本当に危険な最終勝負シーンが、『自然と』脳裏に描写され、「そこ」へ、オートマティックに身体を動かしていけるチカラとでも表現しようか。
例えば・・
・・特に、身体的にも、心理・精神的にも限界に近づいている最後の時間帯・・そこで相手が、ボールを持ち込んで決定的なクロスボールを送り込もうとしているシーン・・
・・そんな危急状況でも、決して(集中を切らせて1?)ボールウォッチャーに陥ってしまう(様子見に足を止めてしまう)のではなく・・最終勝負シーンを、しっかりとイメージでき、一番あぶない「そこ」に、自然と(オートマティックに!)身体が動いていく・・
・・そんな能力のことだ。
また攻撃では、チャンスになりそうな状況を「感じる」ことで、「ここが勝負だっ!!」と、3人目、4人目として、最終勝負シーンへ「全力スプリント」で急行していけるチカラ。
そう、「チャンスを嗅ぎ取る」チカラ。
守備と攻撃の最終勝負シーンで発揮されるイメージング&アクション能力・・それである。
私は、それこそが、「戦術的なチカラ」と呼ばれるモノの本質ファクターだと思っているのだ。
■伝統と呼ばれるモノ・・
日本代表が越えていかなければならない、世界トップとの最後の僅差。
そのファクターは、フィジカルから戦術まで、多岐にわたる。また、生活文化と密接にリンクしているからこそ難しく、時間もかかる心理・精神的なファクターもある。
突き破ろうとチャレンジしていく甲斐のある、とても魅力的な「壁」ではないか。
もしかすると、それこそが、気が遠くなるほど長い時間をかけて積み上げられた「伝統」と呼ばれるモノの本質かもしれない。